第1回冬季YOG大会を視察して
執筆:舛本 直文(首都大学東京)
2012年1月13日に開幕した第1回冬季YOGインスブルック大会のテーマはBe part of it! 皆で参加しよう!ということである。3回目のオリンピック・シティとなるインスブルックはその伝統と若者中心の新奇さの調和を図ろうとした。その狙いは、3つの聖火台に火が灯されたベルクイーゼルのジャンプ台で開催された開会式のプログラムに典型的に示されていた。男女2人の若者がPCでチャットする形でプログラムが進行した。出し物には1964年と1976年の過去2回の冬季大会の時の音楽やファッションなどの文化環境や当時の時代風景を描いていった。プログラムが配布されない簡素な開会式であったが、このようなメッセージはよく伝わってきた。しかし、鳩などの平和希求のメッセージや環境保護のメッセージがなかったのが悔やまれる。
競技面ではシンガポール同様に新しい方式が取り入れられていた。アイスホッケーのスキル・チャレンジ、カーリングの男女混合チーム戦、アルペンの男女混合パラレル、スキークロス、女子ジャンプなど14競技において、若者たちに興味を持たせるような工夫が施されていた。この内、スキル・チャレンジを観戦することができたが、なかなかおもしろい新企画である。男子16名、女子15名が予選会に挑戦し、上位8名ずつが決勝に進む。Fastest Lap, Shooting Activity, Skating Agility, Fastest Shot, Passing Precision, Puck Controlと名付けられ、スケーティング技術(スピードと敏捷性)、シュート力(正確性とスピード)、パスの正確性やパックのコントロールなど、ホッケーに必要な6種の基礎技術を競い合うという仕掛けである。日本からは出口、古川の2名が出場していた。最後まで見ていないので、チームプレー戦があったかどうか定かではないが、個人トライアルだけでなく、チーム戦が組まれてもよかったと思った次第である。例えば、男女混合(ジェンダーmixでのパス移動)や大陸チーム戦(NOCs mixで2から4人チームのトータルスコアなど)などの工夫である。個人スキル・チャレンジだけでなく協力のスキル・チャレンジによって選手間の交流を狙うのも面白い。なお、競技方法を説明するプログラムやパンフレットがないので観戦していて非常にわかりづらかった。VTRと掲示表示とマイクアナウンスでの説明だけでは子供たちにもわからないであろう。また、競技結果が電光掲示板に速報で表示されないのでこれも不満である。誰がトップでどのくらいの成績かよくわからないので観戦の楽しみが深まらないのが残念であった。
さて、YOGの特徴であるCEPには選手村内のみのプログラムだけでなく市内の中心にあるcongress会場で一般の人が選手と一緒になって楽しむ工夫がされていたのがうれしい。また、そこに入るセキュリティ・チェックもさほど厳しくはない。World Mileというプログラムでは各国の交流校の子供たちが日替わりでその国の文化紹介ブースを出していた。日本の紹介は17日だということであったが、残念ながら帰国の日で見学できなかった。YOGダンスやドラム・セッションにも一般の人も参加することができ、IOCによって東北の被災地から招待された13人の若者たちもYOGダンスに参加して楽しんでいたのがうれしかった。筆者もドラム・セッションに参加し、パーカッションをたたいて市民やアスリートと一緒に一汗かく面白い一時を味わうことができた。アスリートたちはCEPに登録して体験するごとに点数を積み上げ、YOGボトルやヘッドフォンを獲得することができるとのことであった。前半はさすがに参加する選手たちがあまり多くはなかった。競技が終了するごとに参加者が増えていくことであろう。
しかしながら、CEPを視察して残念に思ったことがいくつかある。WADAのブースは選手やID保持者に限られていて一般の市民や子供たち学ぶチャンスがなかったこと。オリンピズムの3本柱のうちの2本である平和運動と環境保護運動に関してもあまり力が入っていなかったこと。IOAのブースで平和のパンフを配っていたが、IOTCの活動は残念ながらなかった。ギリシャの財政事情が厳しいのでIOTCもあまり活動できないのであろうか。環境保護メッセージはUNEPがブースを出していたがIOC自体の活動はなかった。CEPの一つであるSustainabilityのプログラムも、聞くところによれば雪崩遭遇時のアバランチ・ビーコンの操作や冬山の安全意識の向上のような内容であったとのことで少々企画違いであるように思われた。
今回のYOGでは競技観戦でセキュリティ・チェックがないのが驚きであるとともにうれしかった。一般の人にとっても時間が助かるし食べ物や飲み物も持ち込めるからである。学校の先生が小・中学校の児童生徒を引率して観戦や応援をしていたのもうれしい。ただ、教師たちに聞くと特定の学習目標はなくYOGの雰囲気を体験することが主目的であるとのこと。ただしCEPの会場でWorld Mileを見学に行くと言っていた教師もいた。子供たちに国際交流の機会を提供し、アスリートにもふれあうことができれば絶好の体験学習になるはずであろう。また、学校参加で新スポーツに挑戦するSchool Sport Challengeという新企画も興味深かった。16日のフィギュアスケートのペア・フリーを観戦中にこの企画が突然披露された。小学生たちがスケートにチャレンジし集団滑走したのである。ピエロ風の衣装をまとって危なっかしく滑り、中には転倒する子供たちもいて会場から暖かい拍手が送られた。オリンピックを機にオリンピック学習や新スポーツに挑戦する機会が増えることがうれしい限りであった。
ところで、オーストリアの市民は暖かくヤングたちを見守っていたのが興味深かった。開会式の選手宣誓で内容を忘れてとちった選手には温かい励ましの歓声があがった。フィギュアスケートの会場でも同様の励ましが見られた。フィンランドの選手が2度転倒した後も演技を続行する姿に会場からは暖かい拍手の連続であった。演技終了後も大歓声と拍手が送られた。転倒した選手にはさぞかし励ましとなったことであろう。これらは非常に心温まる風景であり、うれしい限りであった。
今回の冬季YOGでの選手間交流促進のための工夫がYOGGERというUSBである。シャトルバスの中でオーストリアの選手2人がYOGGERを持っていたので写真を撮らせてもらった。このUSBに自分の情報を入れて登録しておけば、お互いのUSBを近づけるだけで情報交換できるハイテク機器だそうである。若者たちの新感覚にあう企画であろう。
ところで、このYOGでも競技に関心が集まるのも仕方ないことかもしれない。誰が優勝したのかも大事なことかもしれないが、もう一つの柱であるCEPにどれだけ関心があるか、日本の競技役員やメディアも含めて気がかりなところである。また選手自体もそういう関心が中心なのである。シャトルバスの中に男子フィギアスケートの2人の選手が乗っていたので激励しておいた。一人の選手が「下手ですみません」と謝るので、競技だけでなくCEPも大事なので、競技が終わったら多くの人と交流して友達を作って欲しいと語りかけておいた。大会に出発する前の事前学習でどれだけYOGの意図やCEPの狙いについて学んできたのか気がかりであった。
さて、今回の冬季YOGによってインスブルックから2012年の文化や時代感覚がどう形成されていくのか、またYOGというオリンピック文化がどのように形成され、どうDNAとして継承されていくのであろうか。帰国した選手たちが今回学んだ体験をアウトリーチプログラムとしてどう仲間たちに伝達し共有していくか、それを見届けるのが一つの楽しみであるとともにオリンピック教育という観点からYOGの精神を伝えていく必要があると痛感した次第である。