ホーム > 第23号, 第23号記事 > 2020年ローザンヌIOCオリンピック・ミュージアム視察報告

2020年ローザンヌIOCオリンピック・ミュージアム視察報告

2020 年 3 月 30 日

執筆:舛本直文(首都大学東京特任教授/JOA副会長)

1.オリンピック・スタディーズ・センター(OSC)

1月9日の午前中、先ずレマン湖側から坂を上ってTOMに隣接するオリンピック・スタディセンター(OSC)を訪問した。事前に依頼していた研究課題に応じオリエンテーションを受け、1976年前後のIOC理事会と総会の議事録を閲覧する。データをコピーしてはいけないという方針に変更になったそうなので、限られた時間での調べが大変であった。OSC研究部門長のNuria Puqiさんに再会し、2020年設置予定のJOA HOUSEを説明し、その宣伝を依頼した。残念ながら、IOC HOUSEの見学要望は叶えられなかった。丁度今はIOC理事会や総会が目白押しで、見学などとても無理だと言うことであった。

あまり知られていないが、このOSCの駐車場にはフィリップ・ノエル=ベーカー卿がノーベル平和賞を受賞した記念レリーフが飾ってある。彼はイギリスの著名な政治家であり、国際的な軍縮運動で活躍した外交官でもあった。特に、1920年のアントワープ大会の男子1,500mの銀メダリストであり、1959年のノーベル平和賞受賞者した唯一のオリンピックメダリストである。このレリーフには「Man of Sport ・ Man of Peace」という文字が刻まれている。また、これと同じレリーフが広島経済大学の体育館に1994年のアジア大会時に掲げられていることもあまり知られていない。実は、ノエル=ベーカー卿は広島の核兵器廃絶運動にも賛同し、5回も来日している平和活動家でもあるのだ。TOM訪問の際には、是非立ち寄って欲しい所である。残念ながら雨ざらしであるのだが。

2.オリンピックのシンボルマークとIOC旗

続いて、TOM再訪。5度目の入館であるが、展示が相当入れ替わっているようである。先ず、気になったのが古くて大きなオリンピック旗(IOC旗)の展示コーナーである。1913年にクーベルタンがオリンピックのシンボルマークを考案し、それを初めて手紙に5色で描いて送ったとされるシンボルマークであるが、その時の手紙も展示してある。別の形に5つの輪を描いたデッサンも残っている手紙も展示してある。写真の大きなIOC旗は、IOC設立20周年を記念して、1914年にアレキサンドリアのスタジアムに旗の形で初めて掲揚されたオリンピック旗である。この年には20周年記念IOC会議がパリで開催されたが、その際にクーベルタンはこのシンボルマークを描いたIOC旗を500本パリの百貨店に作らせ、会議終了後に、参加者達にお土産として世界各地に持ち帰らせた。これで、オリンピックのシンボルマークを世界に一気に周知したと言われている。素晴らしい広報マンぶりを物語るエピソードである。

今回の目新しい展示は、クーベルタンがこのシンボルマークを考案した際に参考にしたといわれているトリコロールカラーのデザインの帽子とフランスチームのユニフォーム姿の写真である。1890年、クーベルタンがフランスの2つのスポーツ団体(USFSA)をまとめて統一チームとして国際大会に出場した際に、青と赤の2つの輪が交差したシンボルマークを作成したのである。このマークは、下地の白色と合わせて、フランスの三色旗のトリコロールカラーになっている。つまり、2つの団体の連帯や団結を意味するシンボルマークなのである。そのため、オリンピックの場合には五大陸の連帯なので、クーベルタンは5つの輪が交差したシンボルマークがふさわしいと考えたのであろう、と推察されている。

3.聖火リレー関連

次に気になったのが聖火リレーのコーナーである。このコーナーは「オリンピックの火Olympic flame」と表記され、「聖火sacred fire」とは表現されていない。これは、現在の「オリンピック憲章」でもそうであるが、以前は「オリンピックの聖火Olympic sacred fire」と憲章上でも表記されていた。しかし、このコーナー紹介メッセージには「これは古代オリンピアの神殿に絶えることなく祀られていた聖なる火sacred flameを想起させ、Olympic flameオリンピックの火は、平和、団結、友情のメッセージを伝える」と記されている。このコーナーでは、主に1992年バルセロナ大会を中心に展示されていた。

ここで珍しいものは、1992年バルセロナ大会の採火式で採火された火を保存する火釜(火の飾り坪urn、ギリシャ語でlychnosリクノス)である。これは、パンアテナイ祭で行われていた「たいまつリレー競争」の様子が描かれた壺絵を模して作られたものである。また、この92年大会では障害者アーチャーのレボジョ氏が、アーチェリーの矢で聖火台に点火したが、その時の矢のレプリカも展示してある。さらに、別のコーナーではあるが、飛行機で聖火を開催国まで運ぶ「安全灯safety torch」(フランス語ではランプと表記、東京では「聖火筒」と呼んでいた)の展示も見られた。

4.オリンピックの平和運動関係の展示

最後に、オリンピックの平和運動関係の展示を紹介しておこう。現在のオリンピックの開会式では、「象徴的放鳩 Symbolic release of Dove」を実施することが「オリンピック憲章」で定められている。この開会式の演出では、本物の鳩を飛ばさないで平和の象徴である白いハト(dove)を飛ばして、平和の祭典であるオリンピックを表現し、世界平和希求を演出するのである。そのために、このコーナーでは大きなビデオスクリーンに、いくつかの大会のその模様が映し出されていた。

地下の展示室には、「オリンピック休戦Olympic Truce」のコーナーが以前と同様に継続展示されていた。ここでは、2012年ロンドン大会時の「Olympic Truce Wallオリンピック休戦の壁」の10本の内の5本が展示されていたが、以前と違って照明がブルー系に変更になっていた。その分、展示自体は明るくなったが、選手達のサインを写真に撮るには不向きの照明になってしまったようである。

この「休戦の壁」は、2016年リオ大会からは「Olympic Truce Muralオリンピック休戦の壁画」と名前を変えた。「壁」では、立ちはだかる障害のようなマイナスイメージがあるとして、「壁画」に変更されたのである。しかしながら、2020年東京大会の組織委員会のウェブサイトでは、これを未だに間違って「壁ムラール」と表現している。それはさておき、東京2020大会では、一体どのようなデザインの壁画を設置し、それが大会後どう利用されるのであろうか? 大いに関心があるところである。

最後に

このローザンヌのTOMには、用具やユニフォームなどを含めたオリンピアン達の活躍ぶりだけでなく、オリンピックに関わる様々な歴史・文化的な側面の展示が多く見られる。古代ギリシャのオリンピック関連の展示から始まり、クーベルタン関連、聖火やトーチリレー、メダルやマスコットなどの歴史、歴代の文化プログラムのポスター、大会に向けた環境対応や都市開発のレガシーなどの展示も見ることができる。ビデオ映像で分かりやすい展示も工夫されているし、体験ゾーンもある。さらに企画展示も行われているし、クイズも取り入れ、子ども達に飽きさせずに学ぶ工夫もされていた。オリンピズムやオリンピック・ムーブメントを学ぶ学習帳や音声ガイドも準備されている。いかにも世界に開かれたTOMの方針がよく分かる展示状況と対応ぶりであった。最後に立ち寄るであろうTOMショップには、東京2020大会グッズも多く売られていた。

さて、このTOMは、2020年ローザンヌYOG大会期間中は無料で開放されていた。小学生達も学校の先生に引率されて鑑賞に訪れていた。では、今年の東京都内の各種ミュージアムは入場料無料で開放するのであろうか? 日本橋にはIOC肝いりの「オリンピック・アゴラ」が設置され、様々な催し物や展示も計画されているが有料のようである。せめて、JAPAN SPORT OLYMPIC SQAURE (JSOS)に設置されたJOCのオリンピック・ミュージアム(JOM)だけでも、大会期間中は誰にでも無料開放して欲しいものである。

 

 

コメントは受け付けていません。