南京ユースオリンピック大会の開会式:平和運動の不在
執筆:舛本直文(首都大学東京/JOA理事/オリンピック研究委員会委員長/オリンピック・コンサート部門委員)
2014年8月16日夜、小雨降る南京市のオリンピックスタジアム、習近平国家主席の参加のもと、13日間に及ぶ第2回夏季ユースオリンピック大会(YOG)の開会式が挙行された。この開会式は、2008年北京大会と同様、中国が国家の威信をかけた政治オリンピックの縮図であったといってよい。それは、大会の運営面、新地下鉄建設など南京都市開発面、警察・軍隊・大学生ボランティアなどの人員動員面、巨大展示会等の関連イベント面、Google、twitter、FacebookなどSNSが使用できないというメディア統制面など、あらゆる側面に反映されていた。
ここでは、現地調査した開会式に焦点を当ててみたい。中国の愛国主義、反日教育などオリンピズムというオリンピックの理念に逆行する側面が多々見られたからである。
開会式会場は3時間前の夕方4時にオープン。中国流の巨大なスポーツ施設群を抱えた広大なオリンピック公園である。その会場内に文化プログラムや市民交流サイトが併設されていないのが残念な限りである。開会式のチケットは記名式で身分証明書も必要であった。軍や警察の厳重な警備体制に加え、外国人には特別な箇所にてパスポートチェックが要求された。セキュリティの1次関門で厳しいテロ対策が取られているのである。当然、食料と水は没収。これは、安全管理のためだけでなく、公式スポンサーの場内販売権利の保護のためでもある。
座席には開会式グッズの入ったバッグが置かれている。その中には、演ずる観客として必要な小道具のほか、水やウエットティッシュ、ビニールの雨合羽なども入っている。開会式グッズに関する情報提供が全くなかったので、観客は準備物に苦労することになる。これを好例として、今回のYOGでは観客に対する情報不足が随所に見られたのが残念であった。
プリゲームショーでは、子どもたちの演技が中心。蛇踊り、一輪車、マーチングバンド、チアリーダー、ラテンダンス、ロックバンドなど多彩な演技で開会までの待ち時間を飽きさせない。ただ残念なことに、小雨で足下が滑るため、転ぶ子どもが続出。
習国家主席がスタジアムに登場する姿がスクリーンに映し出されると、割れんばかりの大歓声があがる。一斉に写真撮影も。開会式の儀式の本番が始まる。合間に、軍服姿の大勢の軍隊がフィールドのビニールシートカバーの着脱やモップ掛けに一役買う。駆け足で一斉に行動する様に、スタンドからは拍手と共に掛け声がかかって、軍隊のサポートを応援する。ここではやはり軍服姿で作業することに大きな意味があるのであろう。国を挙げたYOG運営体制、大人数を統率する管理体制、軍隊の作業に感謝する観客、習国家主席が臨席し見守る中での軍隊の活躍である。国内外の人々に印象的なインパクトを与えたに違いない。
YOG選手団は三々五々、バックスタンドに陣取っていく。ユニフォーム姿なのでスタンドがカラフルに彩られていく。続いて各国の旗手団の入場行進が始まる。プラカード嬢に先導されて旗手だけの入場行進である。場内アナウンスが香港や台湾の入場を告げると、スタンドから大歓声が上がり、習国家主席の笑顔がスクリーンにアップされる。日本入場のアナウンスでは、唯一スタンドの観客からブーイングがあがった。中国の反日教育の成果であろうか。平和運動であるオリンピックの場で残念な限りである。1カ国だけIOC旗を掲げて入場したのが南スーダン。旗手のマーガレット・ハッサン選手1人が400m走に参加した。南スーダンは中国政府の援助する政府軍と反政府軍の紛争が長引いている地域である。最後の中国の入場では、大歓声と主に習国家主席のアップ姿が映し出される。
バッハIOC会長の挨拶。彼はスマートフォンを使ってセルフィーで写真を撮るパフォーマンスを行った。そして、挨拶でSNSで発信するようにYOGアスリートたちに奨励したのである。しかしながら、中国国内ではSNSは使用できないという現実的な情報環境の壁がある。実は、YOGアンバサダーたちにはSAMSUNの携帯が支給され、参加選手達にはPINコードが配布され、彼らの間ではSNSが使用できるようなメディア統制の緩和策がとられていたとのことである(藤原庸介団長談)が、一般人にはほど遠い携帯電話の環境である。バッハ会長のこのパフォーマンスは、見方によれば、中国のメディア統制への皮肉かと勘ぐることができよう。
文化プログラムでは、南京が位置する中国揚子江地域の歴史絵巻や中国文明の歴史を交えたさまざまな演技が執り行われる。さらに、若者たちの夢の実現に向けたテーマが表現されていく。それらは、今回もTVカメラの視線からの構成となっていた。YOGの様子はテレビ中継されないが、IOCはYouTubeを用いて大会の映像を発信している。その映像作成のためにIOCのテレビカメラマンたちが多く活動している。このTV目線のショットは上空からの視点が主である。われわれ観客が、開会式の会場のフィールドで繰り広げられている演技をそのままスタンドで見ていても理解できないことが多い。巨大スクリーンに映し出されて初めて演技構成が理解できることが多い。高い入場料を払った観客不在の構成であるといってよい。
残念なのが、今回の開会式ではオリンピズムの平和運動メッセージがほとんど見られなかったことである。バッハIOC会長が開会の挨拶で、国連のバン・ギムン事務総長が臨席していることに簡単に触れただけであり、本大会で恒例のオリンピック休戦順守のアピールやその映像メッセージが場内スクリーンには映し出されなかった。平和のシンボルである鳩の演技も強調されなかった。このような南京YOGにおけるオリンピズムの平和思想の不在は、文化プログラムやCEP内容にも反映されていたし、選手村内に「オリンピック休戦の壁」が設置されないことなどにも反映されていた。
さて、日本選手団約70名は、開会式やCEP等を大いに体験し、競技だけでなくどのような国際交流を果たしてくれたのか楽しみである。YOGの目指すものは、各国のメダル競争を超越するための大陸間対抗やジェンダー・ミックス、国に無関係にペアリングする団体戦など、トランスナショナルなオリンピズムの理念を体験的に理解することにある。中国のナショナリズムや愛国主義に陶酔するような観客の応援から、彼らが反面教師的に平和や超国家主義などを学んで欲しいと願わざるを得ない。さらに帰国後は、彼らが自ら体験し実践的に学んだ多くのことを、国内の同僚や後輩達に伝えていくというアウトリーチプログラムに積極的に取り組んで欲しい。それが、YOGのDNAを日本国内に、また後輩たちの若いアスリートたちに広め伝えていくことになるからである。