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ユースオリンピックと今後のオリンピック・ムーブメント

2010 年 8 月 15 日 Comments off


執筆:桶谷敏之(嘉納治五郎記念国際スポーツ研究・交流センター)

2010年8月、オリンピック・ムーブメントは新たな局面を迎えることになる。ユースオリンピック大会(YOG: Youth Olympic Games)の開幕である。これは14〜18歳のユースアスリートを対象に、スポーツと教育・文化を融合させ、正にオリンピック・ムーブメントが目指す活動を一つのイベント内で体現させようとする非常に野心的な試みであり、今後のオリンピック・ムーブメントを考える上で欠かせないエレメントになることは間違いないであろう。然るにその実情が今日に至るまでメディア等であまり報道されてこず、果たしてこのYOGがどのような大会なのかといったテクニカルな情報だけでなく、何故今ユースオリンピックなのかといった理念的な部分の周知も(少なくとも日本国内では)不充分なままきてしまったように思われる。そこでここでは、YOGが創設されるに至った経緯とこれから迎える第1回大会の特色などについて概略をまとめてみたい。

既に過去の報道でも伝えられたように、YOGは2007年7月のIOC総会(グアテマラ)にて創設が承認された。本人も認めているようにロゲ会長肝いりの企画である。この構想には「スクリーン文化」の悪影響により若者がスポーツから離れてしまっているという現状を打開し、何とか若者をスポーツに回帰させようという大きな目的がある。

その手始めとしてロゲ会長は、EOC(ヨーロッパ・オリンピック委員会)会長であった1991年にEurope Youth Olympic Festivalを創設した。これはヨーロッパの青少年を対象として、夏季、冬季それぞれが2年ごとに開催されるスポーツイベントで、創設者でもあるロゲ会長は現在も熱心に支援している。同種のイベントはシドニーオリンピックのレガシーとして、2001年より隔年で開催されているAustralian Youth Olympic Festivalが挙げられよう。これらの積み重ねがテクニカルな面を含め、IOCイベントとしてのYOG創設につながったといえる。

第1回ユースオリンピックの開催には実に11都市が名乗りを上げた。その後書類選考とビデオプレゼンテーションによる選考を経てモスクワとシンガポールがファイナリストとして選出され、2008年2月、IOC委員の郵便投票により栄えある史上初開催の権利はシンガポールへともたらされた。

さて、このYOGであるが、その特色は何といっても世界中から集結した次代のオリンピックヒーローらに文化教育プログラム(CEP)を体験させる点であろう。CEPは大きく分けて5つのテーマで構成されており、アスリートは競技の前後でこれに参加する。その内容をみると、座学ではなく体験学習や交流をメインにプログラムが組み立てられており、体を通してスポーツの価値、オリンピック・ムーブメントの意義を学べるよう配慮されている。

また競技の面では、男女混合種目や、NOC代表ではなく大陸ごとのチーム編成で行うものなど、スポーツを通した交流が自然と促されるような仕掛けが幾つか施されている。更にバスケットボールでは3 on 3を、サイクリングでは混合競技を実施するなど、オリンピックスポーツとしても新たな試みが実施され、IF側にとっても新たなオリンピックの姿を模索する大会となるであろう。

昨年JISSのイベントで講演されたシンガポール国立南洋理工大学(ここはシンガポールで選手村として利用される)のTeo-Koh Sock Miang博士は、「ユースオリンピックは全ての人にとってチャンスとなる大会としたい」とYOGの目指すビジョンを披露された。そのビジョンに従い、組織委員会は団長を含めた選手団役員もできるだけ若手を多く採用するようにNOCに依頼したそうである。なるほど、今回の日本選手団も全体的に若手の起用が目立ち、選手だけでなく若手役員の活躍の場にもなっているといえよう。

選手団だけではない。世界中の各NOCから推薦を受けて選出されたYoung Ambassador、各大陸NOC連合から選ばれたYoung ReporterもYOGの主役たちである。

IOCとしては、シンガポールに参加し、オリンピズムを身につけた若者たちが2012年ロンドン大会、あるいは2016年リオ大会でチャンピオンや大会を支える立場となり、その次の世代のロールモデルとして活躍することを期待しているに違いない。そういった好循環が生まれてくれば、オリンピック・ムーブメントがより深く、より実感できるかたちで社会に浸透していくことになるだろう。

以上のように、YOGの開催を通してかなり野心的な取り組みが行われるが、なかなかまとまって情報が発信されることがなく、特に新聞紙面などを通して折角の理念が周知しきれなかった点は否めない。通常オリンピックは7年の準備期間を経て開催されるものだが、今回組織委員会に与えられた時間はわずか2年半である。更にIOCにとっても初の試みであるため、組織委員会側も戦略的な国際PRがなかなか実現できなかったことに仕方のない面もあろう。もっとも、IOC組織委員会双方ともホームページを通した情報発信にはかなり力を入れてきた。また、より若者に直にメッセージが届くようにとのIOC側のコミュニケーション戦略もあり、FacebookYoutubeTwitterといったいわゆるソーシャルメディアを用いた情報発信はかなり積極的に行われてきた。今後こういった方向性はその他のオリンピック組織委員会にも引き継がれ、発展していくことは間違いない。

ところで、日本側としてはYOGがインターハイなど国内主要大会と日程が重なってしまうため、選手選考が相当に難しかったことと思う。今後YOGがオリンピックと密接に連動した大会となってくる場合、インターハイなど国内大会との関係性も再定義が求められるのではないだろうか。同じことは国際競技連盟主催の国際大会との関係性についてもいえる。

しかし、一番大きな課題はやはり言語であろう。現在の日本に英語を用いて支障なくコミュニケーションができる14~18歳のユースアスリートが果たして何人いるだろうか(まして仏語では・・・)。そのため、シンガポールでは組織委員会が現地在住の日本人などにサポートを依頼するなど、出来る限りの対策は講じている。我々としては寧ろこれを機会に外国語を含めたアスリートのコミュニケーション能力をユース世代から鍛えていく体制を整えるべきであろう。

来る8月14日に革新的な取り組みを詰め込んだ、史上初のYOGが開幕する(開会式は日本時間の20時30分スタート)。残念ながら日本でのテレビ放送はないようだが、ハイライトの映像はネット上にアップされるそうなのでぜひ確認されてはいかがだろうか。

参考サイト

・ CEPのイメージ
http://www.olympic.org/en/content/Media/?articleNewsGroup=-1&articleId=95904
・ 五大陸のユース代表が歌う大会テーマソング
http://www.singapore2010.sg/public/sg2010/en/en_multimedia/en_theme_song.html


ユース五輪(YOG)の文化·教育プログラム: メダルではない真の価値を求めて

2010 年 8 月 15 日 Comments off


執筆:衣笠泰介(シンガポールスポーツスクール)

ユース五輪とは

今年2010年8月、シンガポールにて第一回夏季ユース五輪(以下YOGとする)が開催される。YOGのコンセプトは2007年7月6日にグアテマラシティでの国際オリンピック委員会(IOC)総会にて、ジャック・ロゲ会長が明らかにした。ロゲ会長は若者のスポーツ離れや体力の低下による健康不全や肥満の問題を打開するため、若者にもオリンピックを体験させようと発案し、IOC委員もその提案を了承した。

YOGは世界中の14歳から18歳までのエリートユース選手約3,500人が26競技に参加するが、一番の特徴は若者へ多岐の文化·教育プログラムが行われることだ。そこには「競技の場というより、オリンピック教育を重視したい」(en.beijing2008.cn/50/19/article214041950.shtml)という IOCロゲ会長の強い思いがある。そこで、オリンピックバリューである卓越、友情、尊敬がYOGの文化·教育プログラム(Culture and Education Programme,以下CEPとする)にどう組み込まれているかを紹介していく。

YOGの文化·教育プログラムの内容

YOG大会前にはユーススポーツカンファレンスやユースキャンプ、親善大使プログラムなど(http://www.singapore2010.sg/public/sg2010/en/en_culture_education.html)が行われ、大会期間中には目玉としてCEPがある。CEPは、オリンピックバリューを包括的に理解すること、具体化すること、表現することを目的として、5つのオリンピック教育のテーマを掲げる。
1.オリンピズム:エキシビジョンや様々な活動を通して近代オリンピックの起源や思想、仕組み、発展について学ぶ
2.スキルの発達:ワークショップを通して自己啓発や人生の移行期のマネジメントを含めたプロスポーツ選手としてのキャリアを学ぶ
3.健康なライフスタイル:ワークショップやエキシビジョンにて健全な食生活やストレスマネジメント、アンチドーピングを学ぶ
4.社会的責任:地球市民として環境問題や持続可能な社会、社会における人間関係について学ぶ
5.表現力:デジタルメディアや選手村でのフェスティバルを通してコミュニケーションを学ぶ

これらのテーマを基に以下の7つの形式で、50を越す楽しくインタラクティブなプログラムが用意されている。
1.チャンピオンたちとの会話:オリンピアンと会話をしながら競技生活やオリンピックバリューなどを学ぶ機会
2.ディスカバリー活動:エキシビジョンやゲームを通してボードゲームでの発見や栄養の知識などを問う機会
3.世界文化村:参加国205の国々の文化をブースで紹介して多様な文化を称える機会
4.コミュニティ活動:社会的責任の観点からコミュニティにどう還元できるかを考える機会
5.芸術と文化:ダンスパフォーマンスや芸術作品の展示などで芸術と文化について考える機会
6.島での冒険:島全体を使ってのチームビルディングでお互いを尊重し合うこと、友情を学ぶ機会
7.野外調査:公園や貯水池を訪れ、環境問題や持続可能な社会について考える機会

12日間の大会期間中、上記の6と7以外の多くの活動は、選手村において30-60分間単位で行われる。6と7の野外活動は各自の競技終了後などの自由時間に半日もしくは1日参加が可能。YOG組織委員会はCEPを有意義なものにするため、選手への参加賞や特別に表彰するなどプロモーションを積極的に行う予定だ。また選手だけでなく、コーチや一般人もCEPを体験できるプログラムもある。最終的にすべての参加者が競技、文化、教育のプログラムに満足し、若者にスポーツを通して生きがいを見つけてもらうのがYOG組織委員会のねらいだ。

提言

YOGは「競技、文化、教育」の均整のとれた国際イベントとなるだろう。その中でもCEPはIOCの新しい試みであり、YOGの持つ可能性は計り知れない。ここでJOAとして積極的にどう貢献できるかを考えていく必要性がある。選手村の日本ブースにおける日本のオリンピック教育の紹介、次回YOGでのCEPワークショップへの提案、若者にオリンピックバリューやスポーツの面白さを学習及び体験できるYOGラーニングセンター(http://www.singapore2010.sg/public/sg2010/en/en_about_us/en_yog_learning_centre.html)のような施設の設立などが挙げられるだろう。一方で、若者やコーチに対して全中やインターハイなど国内大会だけに目を向けるのではなく、YOGへの参加がグローバルな視野に立った国際人育成につながるというメッセージを伝えていくことも重要だ。YOG参加者のオリンピアンが次世代のリーダーとなり、オリンピックムーブメントを広めることで、彼ら自身がレガシーになっていくのではないか。

私がシンガポールで働き出したのが2004年のころ。2008年2月IOCロゲ会長の口から「YOG第一回開催地はシンガポール!」と発表された時はそこに居合わせていて、その感動を今でもよく覚えている。つくづく思うがオリンピックには人々に夢を与えたり、感動させるパワーがある。YOGがその最大の檜舞台となるかどうかはまだ分からない。だが若者の勝利至上主義やオリンピックバリューなどをYOGを通じて見直すいい機会になればと切に願う。オリンピックのメダルではない真の価値を求めて...

クーベルタンの青年教育:世界の分析から相互敬愛へ

2010 年 8 月 15 日 Comments off


執筆:和田浩一(神戸松蔭女子学院大学)

「オリンピズムは私の仕事の一部に過ぎない」

これは、ピエール・ド・クーベルタン(1963-1937)が晩年に書き綴った言葉です。私たちはクーベルタンを近代オリンピックの創始者として見てしまいがちですが、彼自身、この仕事は「半分程度のものだ」と言っています。これは一体、どういうことなのでしょうか。
1896年にギリシャのアテネで幕を開けたとき、近代オリンピック大会は十数か国の参加しかなく、しかもこれらは欧米の一部の国々に限られていました。しかし、クーベルタンが生涯を閉じる直前に開かれたベルリン大会(1936年)は、日本を含め、50以上の国々が参加する一大国際イベントとなっていました。数の上から言えば、オリンピック大会は成功を収めており、クーベルタンの仕事に合格点を与えても差し支えないと言えるでしょう。
クーベルタンが情熱を傾けていた残り半分の仕事とは、教育改革のことでした。『イギリスの教育』(1888年)を皮切りに、クーベルタンは20冊以上の著書を世に出していますが、そのほとんどは教育改革にかかわるものだったのです。
注目したいのは、IOC会長職時代に著した『体育:実用的ジムナスティーク』(1905年)、『知育:世界の分析』(1912年)、『徳育:相互敬愛』(1915年)の三冊です。ハーバード・スペンサー(1820-1903)が示した三育(体育・知育・徳育)に対応するこれらの著書は、「20世紀の青年教育」シリーズの三部作として位置づけられています。ヨーロッパの古い都市には、その顔とでも言うべき中心的な広場が必ずあります。クーベルタンは教育改革の中心的な広場に、青年たちの姿を見ていたのです。
オリンピックは私たちに、スポーツを通して自分をより向上させようと努力するところに「体育」的な価値があると教えてくれます。しかし、「知育」「徳育」の領域でクーベルタンが訴えようとしたこと、すなわち「他国の理解(世界の分析)が世界平和(相互敬愛)につながる」という考えは、現在の私たちにはまだ、しっかりと根付いていないように思えます。
この「世界の分析から相互敬愛へ」ということこそが、クーベルタンが一生かかって追い求め続けた教育改革の中心的なテーマでした。オリンピックの復興が決まった年、クーベルタンはアテネで次のように発言しています。

「他人・他国への無知は人々に憎しみを抱かせ、誤解を積み重ねさせます。さらには、様々な出来事を、戦争という野蛮な進路に情け容赦なく向かわせてしまいます。(しかし、)このような無知は、オリンピックで若者たちが出会うことによって徐々に消えていくでしょう。彼(女)たちは、互いに関わり合いながら生きているということを認識するようになるのです」(1894年)

クーベルタンが訴えたかったのは、互いに理解し合うことができれば、世界中の人々は互いに尊敬し合うことができ、戦争は起こらないということです。だからこそクーベルタンは、世界中の青年たちが相互に接触し合う機会として近代オリンピックの制度を創ったのです。

「新しいスタジアムに現れる健全な民主主義、賢明かつ平和を愛する国際主義は、名誉と無私への崇拝をその場で支えることでしょう。こうした崇拝の念に助けられて、競技スポーツは筋肉を鍛えるという務めだけでなく、道徳心の改善や社会平和として行動することができるでしょう。このような訳で、復興されたオリンピックは4年ごとに、世界中の若者たちに対して幸福と博愛に満ちた出会いの場を提供しなければならないのです」(1894年)

繰り返しになりますが、現在のオリンピックはすでに、世界の若者の「筋肉を鍛えるという務め」を十分に果たしています。しかし、「相互敬愛」の感情を高め合い、「道徳心」を改善し、「社会平和」を見据えて自ら行動できる若者たちを、今のオリンピックは育成していると言えるでしょうか。
2010年8月14日から26日まで、青少年のためのオリンピック教育を目的に掲げた「ユースオリンピック」の記念すべき第1回大会が、シンガポールで開かれます。第1回アテネ大会(1896年)の前にクーベルタンが語った前述の言葉を、第1回ユースオリンピック大会を目前に控えた全世界のみなさんに贈りたいと思います。
クーベルタンは自分の仕事のことを「未完成交響曲」と呼びました。シンガポールにおいて彼が望んだ教育改革への第一歩が踏み出されれば、ユースオリンピックは「交響曲」となり、全世界で末永く演奏されていくに違いありません。

ユースオリンピック競技大会におけるNOCとNOAの役割

2010 年 8 月 15 日 Comments off


ジーン・サットン博士

翻訳・要約:和田 恵子

〔第10回NOA理事者セッション(2009年5月6~13日)ギリシャ、オリンピアにおける故ジーン・サットン博士の講演〕

はじめに

本稿では、ユースオリンピック競技大会(YOG)において国内オリンピック委員会(NOC)と国内オリンピック・アカデミー(NOA)が果たす役割、YOGに課せられた任務と組織の概要及び大会のスポーツ、教育、文化の各プログラム、YOG、NOC、NOAそれぞれの目標、戦略的方向性、課題を比較し概説する。最後に、NOC及びYOGに対するNOAの役割の拡大について提案を行いたい。

1.世界の若者をオリンピック・ムーブメントに関わらせる

(1)ユースオリンピック競技大会(YOG)
ユースオリンピック競技大会の開催は、オリンピック憲章に掲げられたIOCの使命、すなわち「オリンピズムを世界中に広め、オリンピック・ムーブメントを指導すること」に応える絶好の機会であることは間違いない。
ジャック・ロゲIOC会長は次のように語っている「ユースオリンピック競技大会の創設は、今日と未来の若者に対するIOCのコミットメントが言葉だけに終わることなく実行されようとしていること、そして、オリンピック競技大会の精神に基づき、若者独自のイベントが若者自身の手によって提供されようとしていることを示している。YOGは、若きアスリートたちの健康を守るべく慎重に選ばれた競技種目による、まさに若者のための革新的な競技大会となるのみならず、聖火リレーや賛歌、旗といったオリンピック・シンボルにより、若者達を奮い立たせる大会となるだろう」

IOCは各国のオリンピック委員会がオリンピック競技大会と全く同じ役割を果たすことを義務付けている。IOCは、全205の国内オリンピック委員会から選ばれた3500名のアスリート及び役員がYOGのスポーツ、文化、教育プログラムに参加することを保証し、YOGにおける普遍性の原則の実現を図る。また、オリンピック同様、年齢区分及び資格基準をはじめとする競技の技術面は国際競技連盟(IF)が担当する。

オリンピック競技大会との大きな違いは、YOGには教育及び文化的な活動が含まれることであろう。IOCは、若者の身体活動やスポーツへの参加が世界的なレベルで減少するのに伴い、オリンピック・ムーブメントへの若者の関与も減少していると見ている。YOGはしたがって、今日の若者のニーズに対応し、次世代のオリンピックファンの関心を引きつけるような構成となっている。

この目的に向けて、2010年ユースオリンピック競技大会(YOG)では、オリンピズムやその関連する価値に若いアスリート達に関心を持たせようと、楽しい様々な文化・教育プログラム(CEP)を組む。著名なオリンピック・チャンピオンや、スポーツ、教育、文化の各分野から国際的な専門家や世界レベルの著名人らによってワークショップが催される。CEPはまた、出身コミュニティのスポーツ大使としてのYOGの選手たちの役割を検討するとともに、健康的なライフスタイルがもたらす恩恵やドーピングとの闘いといった重要課題への意識を喚起する。YOGシンガポール2010では文化プログラムとして、会場とインターネット上で若者が音楽や映画、アートを楽しむ都市型ストリート文化フェスティバルが開催される。このフェスティバルはYOG組織委員会が行うが、カナダ・オリンピック委員会など、いくつかのNOCでは、それぞれ既存の文化・教育プログラムの内容に関してシンガポールYOGOCから助言を求められている。こういった内外のリソースを活用する努力は、障壁を取り除いた国際協力の精神へのコミットメントを実証するものである。

(2)共通の目的
YOG、各国NOC、NOAの方向性には多くの類似点が見られる。YOGのビジョン、すなわち世界中の若者にスポーツへの参加とオリンピックの価値への理解を喚起すること、そしてYOGの指名、すなわち若者が出身コミュニティにおいて積極的な役割を果たすよう教育し、関心をもたせ、働きかけることは、3つの組織がその共通の目的の実現のために協力を促す上で論理的根拠を備えている。

YOGの目的は、世界の若者が集うことで多様な文化を共に経験し、祝い、世界中のコミュニティに呼びかけ、スポーツへの関心と参加を喚起することにある。多くのNOCでは、若者のオリンピック・ムーブメントへの関与を促し、身体活動の減少に対応している。YOGの活動と、NOCやNOAの教育プログラムを関連付けることは、すべての若者にスポーツへの参加を促す可能性を秘めている。そのようなプログラムの例として、カナダ・オリンピック委員会のNOC公認アスリート(Adopt-An-Athlete)プログラムや、エストニアNOAのスクール・オリンピック競技大会(School Olympic Games)、オーストラリアのピエール・ド・クーベルタン賞制度、及び多くの国々で実施されているオリンピックデーランが挙げられる。ユースオリンピック競技大会のスポーツ、文化、教育活動をモデルとして新たな学校プログラムを計画することが可能である。

2.達成に向けた課題

YOGOCとNOAが共有しているのは目標だけではない。課題も共有している。一つには、従来型のスポーツに特化されたイベントに重要な教育の要素を加えることである。この課題は、興味深く刺激的な学習活動の取り組みを創造することにある。現代の若者を動かすには、テクノロジーを活用した対話型の教育方法を取り入れなければならない。NOCは、YOGワークショップやフォーラムにアスリートが進んで参加し、何かを学んでこられるよう準備をさせなくてはならない。YOGは、参加者がIOCオリンピック・バリュー教育プロジェクト(OVEP)を学び、OVEPプログラムのツールキットを活用して地元で指導的役割を果たすための絶好の機会を提供する。NOAもまた、効果の高い教育活動をYOGOCに提示することで重要な役割を果たすことができる。

第二の課題は、オリンピック・ムーブメントの価値を、成果主義の制度や成果重視の環境の中に関連づけることである。表彰台に立つという卓越性とオリンピックの価値の実践という2つのコミットメントの二元性は、IOCとNOC双方が表彰台とオリンピックの価値を両立させる必要性を示している。

課題はほかにもある。資金調達は大きな懸案事項である。多くのNOCは、YOGにチームを派遣するための財政支援を準備するために四苦八苦している。経済危機のなか、スポンサー契約を確保することは難しい。北半球の国々にとっての大きな問題は、2010年YOGのタイミングだ。YOG期間中は学校が学期外で、活発な学校プログラムと連携しにくい。そのため初開催のYOGにおいてCEP(文化・教育プログラム)に基づくコミュニケーションは限定され、 NOCとNOAがYOGで果たせる役割は明確でない。

3.新たな機会

YOGプログラムに文化・教育活動を含めることにより、参加アスリートがオリンピズムの考え方を理解し、オリンピック教育を経験する機会を得る。オリンピック競技大会における従来のスポーツプログラムは、選手村の環境を活用した教育・文化活動の機会を逸していた。多くのオリンピック・アスリートがオリンピズムの本当の意味を理解したのは、オリンピック競技大会以外の時期や場所だったという。

YOGは、大会期間中は選手村で過ごすことをアスリートに要求することをはじめ、オリンピズムの理解を含めて競技大会経験を最大限に生かすことを目指す。成果と卓越性に重点を置くが、記録は残さない。アスリートは他の競技について学び、他の競技や外国の仲間と友情を築く機会を持つ。YOGは文化・教育プログラムを強制とするのではなく、魅力あるものにするほうを選んだ。一部の教育・文化活動にはアスリート以外の若者が参加し、オリンピック・ムーブメントの一翼を担うには選り抜きのアスリートである必要はないことを示す。YOG輸送システムは、資格認定を受けた全員に共通のシャトルサービスを提供し、アスリートとそれ以外の人たちを区別しない。

4.YOGの約束を最大活用する

NOCは、大会前、大会中、大会後の3つの段階でYOG参加アスリートと緊密に連携し、競技会場の内外で最適なオリンピック経験が可能となるよう準備を整えるための機会を広げなくてはならない。

(1)大会前
大会前、NOCとNOAは協力してYOGアスリートのためのオリエンテーション・セッションを開発すべきである。開発に当たっては、オリンピック・ムーブメントの歴史、オリンピックの価値、ドーピング、社会的責任、スポーツキャリアなどYOG教育ワークショップが示すトピックの紹介をセッションに含める。セッションは対話型とし、アスリートに「話す」「聴く」「討議する」といったコミュニケーション・スキルを身につける機会を提供する。リーダーシップ・トレーニングのほか、言語などの文化的な障壁を克服したり異なる習慣を尊重するための戦略も必要となるだろう。競技大会参加を前に、国が異なるアスリートどうしの交流を図るため、アスリートの所属する学校間で姉妹校関係を結ぶことも考えられる。YOGに参加するアスリートには、大会前にブログを開設して大会中も更新するよう働きかける。NOCやNOAは、必要であればブログ開設を手助けし、IOCのブログ・ガイドラインをアスリートに学ばせる。

(2)大会期間中
NOCとNOAは大会が始まったら、多くの関心が集まるようアスリートが自分のメッセージを発信したり、現地でどんな経験をしているかについて出身国に報告する。ただし、アスリートに負担をかけないような仕組み、ガイダンス、サポートをNOC・NOAは提供しなくてはならない。YOG開催中は、競技そのものと出身コミュニティとの関わりとのバランスを取る必要があることを念頭に置くことが大切だ。したがって、アスリートが利用している媒体を通じて接触を図り、話をすることが望ましい。アスリートはブログを通して個別にコミュニケーションをとることができる。YOGアスリートのブログを各NOCのウェブサイトで紹介することも一案だ。大会期間中、参加者たちもまた会場のインターネットセンターに設置された電子通信機器を使って出身コミュニティと自分たちの経験を共有することが可能になる。

現代のアスリートたちは、電子メール、ブログ、ソーシャルネットワークなどを自由に使いこなしてはいるが、NOAやNOCは本人が作ったコンテンツをサポートすることが望ましい。YOGユースレポーターには、そうしたサポート役を担ってもらうこともできるだろう。また、IOCが定めるブログ・ガイドラインを順守させる役目も果たすことができる。外部と対話型で進むワークショップは、選手村の垣根を超えて若者を参加させる。NOCとNOAは、大会期間中ネットワーク上にアカデミー・プログラムを開設したり、対話型の教育フォーラムを開催したりすることができる。
205のNOCのうち、国内オリンピック・アカデミーがあるのは137だけである。活発なNOAのある国は、NOAを持たない国からアスリート、コーチ、役員が参加できるようなアカデミーを設立するためのワークショップを主導すれば、これもまたYOG教育プログラムとなる。ワークショップに参加すれば、アカデミー・プログラムを始めるための指導力と知識を地元に持ち帰ることができる。

(3)競技大会後
IOCは、オリンピック競技大会が若い世代との関係を維持する必要性を認識しており、若年者向けプロジェクトの開発・実施するうえで強い指導力を示している。こうしたプロジェクトには、夏季・冬季のユースオリンピック競技大会、オリンピック・バリュー教育プロジェクト(OVEP)、スポーツ経験を共有するための若者専用ウェブサイト、国内オリンピック委員会オリンピックデーランに対する支援の強化などがある。NOCとNOAはこうした取り組みに資金を提供し、オリンピック・ムーブメント及びオリンピックの価値に対する意識の向上に若者を従事させている取組みを支援すべきである。

卓越性、尊重、友愛といったオリンピックの価値、またスポーツへの道徳的な取り組み方を学んだ新世代の若きアスリート・リーダーたちは、YOGのレガシーとなる。そんなYOGアスリートたちは、学校や若者グループに対し、活動的で健康的なライフスタイルを取り入れ、オリンピック精神を守るよう働きかける上で優れたロールモデルとなる。各NOC及びNOAは、教育プログラムの実施状況を監督し、YOGで若者を教育する際に、IOCが始めたこのYOGという投資を利用できる。こうしたプログラムは、YOG参加者が率先して競技大会の参加者以外にも広げていくべきである。

5.結論と提案

ユースオリンピック(YOG)の大会前、期間中、大会後にNOCとNOAが果たす役割は極めて大きい。ユースオリンピック競技大会組織委員会(YOGOC)、NOC及びNOAはすべて、ユースオリンピック競技大会という絶好の機会に、若者にオリンピック・ムーブメントを理解させるための教育・文化プログラムを展開すべきである。

YOGOC、NOC及びNOAが強力な関係を築くために以下を提案したい。

1. NOC及びNOAは競技大会前、教育・文化プログラムに基づきYOGアスリートの教育にあたって積極的な役割を担い、アスリートが競技の内外で可能な限り最高の経験をするよう努める。
2. NOC及びNOAは共同で、YOGアスリートを対象にした事前のオリエンテーションを計画・実施する。NOAは教育・文化プログラムの分野で経験と専門知識を持っており、指導的役割を担うことができる。
3. NOC及びNOAはYOG開催期間中、自国で対話型プログラムを計画する。
4. NOC及びNOAは、YOG経験者の主導のもとYOGスポーツ大使プログラムを開発する。
5. YOCOGは、アスリートがリーダシップの役割を担えるようトレーニングを行い、OVEPが各競技大会のCEPに含まれる優先的/強制的な要素となるよう努める。
6. YOGOCは、既に開発された他国の教育プログラムCEPに組み入れる。
7. YOGOCは、YOGにおいてNOAが設立されていない国のための入門的なワークショップを行う。
8. YOCOGは、競技大会の教育・文化プログラムにコーチや役員を参加させる戦略を考案し、NOC及びNOAがこの経験と専門知識を大会後の国内プログラムに活用しているか精査する。
9. IOCは、各ユースオリンピック競技大会の文化・教育プログラムによる学習成果の概要を公表する。