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2018年ブエノスアイレスYOG視察報告

2018 年 11 月 8 日 Comments off

執筆:舛本直文(首都大学東京特任教授/JOA副会長)

 

10月6日(土)開会式

 IOCのOlympism in Action Forumが終了後、昼食を済ませ、夜の8時からの開会式に備える。大津君と2人でホテルを夕方6時に出発し、地下鉄で会場近くに向かう。IDパスで無料のはず。しかし、開会式を中心街の路上(7月9日通りのオベリスコ)一体で開催するため、最寄り駅は地下鉄も通過。しかたなく、終点まで乗って歩いて引き返すことに。多くの人たちが会場前で降車した理由が理解できた。こちらは、情報が無いのでただうろうろするだけ。

 IOA仲間であるポルトガルのTiagoと一緒になったセキュリティ・チェックでは、IOCPassかメディアか、またはインビテーションチケットがないとメインステージには入れない、と入場を拒まれた。しかたなく、一般の人たちと同じ場所で開会式を迎えることに。観るといっても大きなビデオスクリーンを観るだけ。大がかりなパブリックビューイングにすぎない。私たちはIDがあるので観ることができることと思い込んでいたが、やはり現実はそう甘くはなかった。事前のForum事務局の返信では、開会式は大丈夫、といっていたので予想外の展開である。ポルトガルの知人Tiagoも同じ羽目に。仕方なく空いているスペースで9時過ぎまで頑張ってみたが、腰と足の疲れが出て帰えることに。会長スピーチや聖火点火は観ることができなかった。この点の情報不足は大きい。「開会式を逃すな」とバッハ会長が言っても、Forum参加者へのフォローがあまりにも杜撰である。もしチケットが必要なら応募したのにと悔やむ。東京2020大会ではこのような扱いは無いようにして欲しい。

 しかたなく、早々に開会式見物を切り上げて地下鉄に向かうとIOCシャトルバス担当のボランティアの女の子が地下鉄駅まで親切に送ってくれた。有り難い限りである。終点のCathedral駅から途中でH線に乗り換え、また終点まで。途中でメッシ人形のある名物レストランで遅い夕食を楽しむ。ホテルに帰ってからも日本酒でくつろぐ。地元のテレビが開会式の様子をテレビで映していたので少し様子が分かる。
(翌日のO君のメール情報では、OiA参加者の中にはNZチームのようにメディア席で観ることができた人がいたそうである。この不公平感は大きすぎるなあ。)

10月7日(日)YOG初日

 朝タクシーでYOG Parkへと向かう、メインストリートの7月9日通りは昨日の影響で通行止め。そのため、狭い道を迂回してタクシーで乗り込めるところまで突っ込む。そこから、メディアなど関係者用のゲートを通過してメインプレスセンターへ入り込むことができた。普通なら入れないのだろうが、いい加減なセキュリティ・チェックである。テント内にWifiがあるが2018BuenosYOGのサイトが集中アクセスのためにダウンして情報が取れない。掲示でいくつか情報確認し、水をゲットしてYOG Park内に入る。しかしながら、情報が悪くて何がどこで実施されているか全く分からない。とにかく掲示板を見て文化プログラムが多い地区を回ることにした。

 先ず、昨夜観ることができなかった聖火台で記念撮影。同じ聖火台がここにもつくられていたのであろうと推測する。多くの人たちが記念撮影をする人気スポットである。YOG Park会場入り口の右サイドには、子ども達が遊んで学べるように様々な工夫がしてあるテントが連なっていた。今日は日曜日なので特に家族連れが多いようである。SAMSUNGのスポンサーハウスは人気のようで長蛇の列ができている。VR体験はwinter world体験と書いてあったので、おそらく平昌と一緒のVRであろう。列に並び携帯登録して、SAMSUNGのトートバッグを入手。ハウスの中に入って様々な体験をするとSAMSUNGのpinバッジがもらえるようであったが、それにはトライせず。さらに奥には、ユニバシアードのブースや国連難民センターUNHCRのブースもあったので覗いておいた。UNHCRでは昨日印象的なスピーチをしたYusra Mardiniがいたので声をかけて記念写真を撮らせてもらった。IOAと休戦センターのブースも訪問。友人のSezar Torresもここに訪問していた。IOAスタッフのAndreaが記念にバッグをプレゼントしてくれた。UN環境ブースでは偶然筑波大の大林君に出会った。副学長の女性と一緒に行動していたが、お供は大変であろうと推察する。

 YOG Park会場内では、多くの市民が競技観戦しようとして並んでいたが、どこで、どんな競技を、何時から?等の情報がないし、どう並んでいるのかの整理も悪い。Park内の情報提供と列に並ぶ案内などの運営の悪さが目立っていた。まだ初日なので仕方が無いのかもしれないが、8,000人いるというボランティア達の配置はどうなっているのであろうか? しかも公式websiteがダウンして情報をゲットできないと来ていた。最悪の初日のスタートである。

 Park内を歩き疲れたので、早めにタクシーでホテルに戻ることに。しかし、タクシー乗り場までも結構歩く。バス停一駅分以上あった。年寄りや障害者にはアクセシビリティが問題であろう。さらに、タクシーに乗ってもハイウェイは大渋滞である。日曜日の午後、多くの車が一体どこに向かうのかと、、。途中に大きな公園があちこちにあり、多くの市民が繰り出してピクニックやBBQを楽しんでいる姿に驚く。途中のテクノパークでのアーチェリー会場には人出はあまりなかったが、タクシーが迂回した途中の大きなグリーンパークでのテニス会場あたりには、やはり大勢の人たちが訪れていた。偶然迂回してくれたため、多くのYOG会場を回った。

 私たちのホテルのあるレコレータ地区も多くの人出。遅い昼食をビール専門店でピザと6種のビールの試し飲みセットで済ませてホテルで休眠。翌日のチェックアウトのために、パッキングをあらかた済ませて、夜遅い夕食に。シシカバブーのような串焼きビーフとワインを堪能。やはり、ブエノスはお肉とワインは美味しい。

10月8日(月)YOG2日目

 最終日、チェックアウトしてフロントに荷物を預け、地下鉄H-D線と乗り継いでの終点のCathedral駅まで。5月広場に大きなアルゼンチン国旗が掲げられていて、その前が国会議事堂である。ピンクハウスの別名を持つ建物である。その横を抜け、水路を渡ってHiltonホテルまで歩く。工事中のところが多い。ハイウェイ新設だそうだ。YOG会場までの途中の水路では、YOG選手達がボートやカヤックの練習をしている。Women’s Bridgeというモニュメントのあるボート会場であるが、この名前には、何かいわれがあるのであろう。

 YOGのアーバンパーク内は多くの子どもたちが来場していた。3x3、スポーツクライミング、Brakingと呼ばれるブレイクダンス、ローラースポーツなどのアーバンスポーツとレガッタの会場である。ここの文化プログラムは文化と言うよりは、アーバンの新スポーツ体験コーナーが沢山準備してある。3x3、アーバンを駆け抜ける種目、インラインスケート、スケボー、ローイング、などなど。多くの小中学生の子どもたちが会場に来ているのは学校の教師の引率のようである。授業を休んで良い体験になって欲しいと願うものである。

 天気は最高の好天。非常に温かいし、日差しが強くて暑いくらいである。そんな中、のんびりとボルダリング競技の進行を見守っている観客達。難しいトライや成功には惜しみない拍手。3x3の競技も隣のスタジアムで進行中。歓声が良く聞こえる。ボルダリングは、日本選手達も上位で予選通過のようであった。

 3x3の合間にマスコットのPandiが登場。3x3会場でバスケットのプレーやダンスを披露。その後会場外に出ると子どもたちの大人気の的に。記念写真が始まる、私も1枚Pandiと写真に収まっておいた。ローカルフードのエンペナーダを2個買って簡単な昼食に。会場内はCoca・Colaの専売。ローカルフードがあるのが有り難い。日本でもそうなるのであろうか。

 午後は、3時からスポーツクライミングのリードとブレイクダンスがYOGに初登場するので、それを少し観て帰ることにする。丁度IOC総会がブエノスで開催され、2022年のYOGがセネガルの3都市で開催されることが決定。初めてオリンピックがアフリカ大陸に渡ることになる。しかし選手村が3カ所に分散されるので、どうだろうAthlete Education Program(CEP→Learn & Shareからまた名前が変わった)などの文化プログラムはどうするのであろうか?

 帰りはHiltonからタクシーでレコレータ墓地に向かう。800円位なので安いものである。ホテルで大津君が1人で再びチェックインするので部屋で着替えや洗面をさせてもらい大助かり。近くのスーパーで国民的お菓子と言われるアルファロールをお土産に買い込む。再パッキングして、ガイドのマリアさんがホテルに迎えに来てくれたので車で飛行場に向かう。丁度夕方の5時、ラッシュアワーの始まりの時間。約1時間かけて空港到着。チェックインまでマリアさんに付き合ってもらう。後は空港内でショッピングと食事を。約4千円強リラが残っていたので、1杯2,000円位の高いワインを注文。国民的お菓子とマテ茶を購入。後は機内に、35時間の長旅の始まりである。

4日間の総括

 短いブエノス滞在であったが、簡単に総括しておこう。

 OiA ForumはIOCが久しぶりに開催した国際会議。世界の関心は高いが? 日本の関係者は? メディアはどれだけ取材に来ていたのだろうか? 日本からのメディアは読売新聞の結城和香子さんだけか? TOCOGはForumのスピーカに誰もいないし、会場でも見かけたようには思えなかった。非常に残念であるが、日本選手団が小谷実可子団長と共に会場に来ていたのは頼もしい限りであった。司会者にBBCなどのテレビメディアを用いているのは、メディア界をも取り込もうというIOCの戦略かもしれないと穿った見方も。オリンピック反対運動者や批判者をパネリストに組み入れているのも、バランスを考えているようで、実はオリンピズム賛同の声でその声を埋没させようというIOCの魂胆か? しかし、異なる意見を聞き、対話することは重要である。

 OiA Forumでは、難民選手団が無くなる日が来ることを期待しつつ、オリンピズムとオリンピックの未来を語る重要性を再確認した。女性参加、反ドーピング、人権などの従来からのイッシューに加え、新招致手続きやインテグリティやe-スポーツなど、新しい課題も山積している。東京2020大会までにどれだけ進展があるか?

 YOG大会自体は、開会式自体を間近で見ることができなかったのが残念であった。ブエノスの象徴であるオベリスコを上手く使ったパフォーマンスでは、若者に人気のバンジーなども用いて面白い演出であったようだ。メインステージには入れなかったため、平和メッセージがどうなっていたのか確認できないのが残念である。

 YOG Park, Urban Parkの両会場とも、情報不足が何ともしがたい。2日目にはwebsiteも回復してi-Phoneから情報がゲットできたので助かるが、やはり紙ベースの情報も必要であると認識した。サーバダウンで何も分からなくなるからである。子どもたちが教師に引率されてイニシエーションプログラムとして新スポーツ体験をしているのは、なかなか素晴らしい。しかし、同時にオリンピズムについて学ぶ仕掛けも子どもたち向けに欲しいところであるし、YOGアスリートと一緒に交流するようなプログラムも欲しい所である。その点、2016年冬季リレハンメルのYOGのLearn & Shareが土日に一般市民に開放されていたのが良い試みだと思われた。今後も若者向けの競技(今回はスポーツクライミングやローラースポーツなど)が導入されていくが、同時にジェンダー・イクイティやNOCミックスなどの試みは継続して欲しいところである。e-sportはことさらスポーツと呼ぶ必要は無く、e-ゲームズで良いと思われるし、オリンピック種目にする必要も無かろう。身体運動が重要であるからである。特にオリンピズムの基本的理解とそれを普及するためのスポーツと文化・芸術、そして国際交流と平和構築に向けたプログラムの在り方は? という点でフィルターを掛ける必要があるように思われた。

(帰国後の日本のYOG報道は、ほとんど無く、あっても日本選手がメダルを取ったときの短編ニュースのみ。やはり関心はメダルしか無いのか、、。非常に残念!スイスのIOC委員のバウマン氏が3×3の会場で心臓麻痺で死去の報。次期会長候補とも目された人物、IOCのOMには痛手かも、これも残念!Olympically, NAO)

 

 

 

2018年IOC Olympism in Action Forum 参加報告

2018 年 11 月 8 日 Comments off

執筆:舛本直文(首都大学東京特任教授/JOA副会長)

 

 久しぶりに開催されたこのIOCのForum自体は、IOCのAgenda2020による改革の順調さを強調(自慢)するようなものが多いような印象を受けたが、ここにその様子を少しまとめておく。Forumの司会には、BBCなどのテレビ局のメンバーが多いのは、「メディアをIOC側に取り込むせいか?」とも思った次第でもある。

 Forum自体は、全体会とWSに分かれて開催されたが、WSには全て出ることができないので、私が参加した3つのWSの報告に限られる。女性問題、反ドーピング、経済問題に関わる招致の新方式(New Norm)など、現在のIOCのビッグ一シューについて、反対論者も招いたディベートのWSもあって、結構興奮するセッションが多かった。また、Spark Talkという自分たちのスポーツや教育などの途上国における体験談から、その後の財団やNGOを設立して活動する人たちの実践報告は、かなり力強くインパクトのある報告であった。

第1日目:10月5日(金)
1.Opening Session(写真下右)

開会スピーチでバッハIOC会長はネルソン・マンデラの「スポーツには社会を変える力がある」という言葉を引用して、「スポーツでより良い世界を創ろう」とスピーチ。「ブエノスYOGではじめてGender Equalityが実現した。男女の参加者数が初めて50%50% を達成した」と述べると、会場から拍手がわき起こった。アルゼンチンのマクリ大統領も参加したオープニングメッセージ、国連のグテーレス事務総長はビデオメッセージ参加でSDGsに言及、「国連のルールはIOCのルールだ。IOCと国連は平和と健康というテーマで重なっている」と語っていた。

2.The Power of the Olympic Truce

 最初のセッションは、「オリンピック休戦」の力について、元国連事務総長のBan Ki-moon氏のインタビュートーク。若い女性ジャーナリストが、2018年平昌大会の南北朝鮮統一チームの行進について質問。「統一チームの行進は、平和・友情の象徴で、このようなシーンは見たことがない。平和への希望へのinvolvementだ、これがスポーツのパワーだ」と答えていた。彼は国連の自慢も忘れず、1993年からのオリンピック休戦の総会決議の開始したこと、2018年平昌大会が最大の成功であること、これがスポーツのユニークなパワーであること、スポーツの持つモチベーションとビジョン、この力こそ平和の力だ、と答えていた。2013年には4月6日を「開発と平和のスポーツ国際デー」にしたことも国連の自慢の一つのようだ。「いかなる差別もなく誰もがスポーツする権利と機会を持つことが、重要だ」と答えていた。

3.Women in Sport

 各種団体の女性メンバーが登場。パネルの中に男性は1人のみ。スポーツ界では指導者や組織レベルでの参加が少ないことが問題に。ビジネス界での女性の活躍の場の確保も問題指摘された。夕方に女性スポーツ貢献者の表彰があるのも、まだ男女平等社会が実現できていない証拠の一つと思われたのが正直なところである。早く男女同数表彰が行われる必要があるのか、それとも全く男女の別なく個人の能力に関して評価するようにし、男女数にはこだわらない時代が来るのか、なかなか見通せないセッションであった。

4.Combatting Doping in Sport: A Battle Worth Fighting

 アンチ・ドーピングのセッションでは、先日選手委員会が出した「アスリートの権利と責任」の声明VTRが流された。しかも、ロシアのドーピングを自ら告発したビタリーとユリアのステファノヴァ夫妻がSkypeで議論に参加。アスリートの権利と義務も交えて議論に。ロシアの制裁を解除したWADAやIOAにはメディアの追求の不十分さがある、との主張もあった。

5.Work Shop

 コーヒーブレイクの後は4カ所に分かれてのWSディスカッション。

WS1A  Protecting Athletes: Considerations on Doping & Fair Play(写真下左)
WS1B  Protecting Athletes: Education & Deterrence(写真下右)

 知人の2人Mike McNameとAndy Miahが対論した反ドーピングセッションに参加。Mikeはドーピング問題はSpoil Sportであり、医科学ではなく倫理の問題だと主張。Andyは、遺伝子ドーピングは人権に関わる問題でPublic Health Issuesだと応じていた。第2部ではKady K.Tounkaraが早い年齢の内からサンクション(罰)が必要だし、YOGのロールモデルが必要だと強調していた。Muffy Davisは、IOCとIPCでは、クラス分けや用具の問題など、両者のスタンスの違いがあると主張していた。

6.Work Shop

 昼食後も4カ所に分かれてのWSディスカッション

WS6A Cost, Legacy & the New Norm:Debate(写真下左)
WS6B Spotlight on Paris 2024 and Los Angeles 2028 Olympic Games

 友人のHolger Preussと反オリンピック論者のZimbalistが対論するセッションに参加。開催費用とレガシー、IOCの新基準に関するディベートであった。折しも「東京大会が3兆円超え」のニュースが駆け回った直後の話題。公的資金と組織委員会の開催経費は区別するべき、とHolger Preussは提案。オリンピック反対者のZimbalistは招致から多くの都市が引き下がる現在の危機状況から、変化が必要で新しいノームが必要であると言い、招致から大会終了までの全コストのうち半分をIOCが負担する、という新しい提案をしていた。ソルトレークのCOOであったFrazer Bullockは開催都市の将来計画と合わせたレガシープランが必要であるとした。司会はインタンジブルなレガシーが重要であるとしたが、Preussはそのようなレガシー測定の難しさを強調していた。読売新聞の結城和香子さんがこの点の重要性を質問していたのだが、、。さて、17日間の大会のために準備された施設やインフラが使用されない問題は解決できるのであろうか? (第2部はpass)

7.Hosting the Olympic Games: City Perspective

 午後のコーヒーブレイク後は再び全体会。(写真下右)

 2012年ロンドン大会、2010年バンクーバー冬季大会、2022年北京冬季大会の代表達が開催都市の見通しから大会開催について紹介したが、1人ボストン招致反対運動No Bostonを組織したChris Dempseyが「2,3週間の大会というパーティのために納税者のお金を使うわけにはいかない」との反対論が、肯定派の参加者やスピーカーが多い中でも存在感を示していた。このような議論の中に、東京2020大会の関係者が登壇していないのが寂しい限りである。また、2016年リオ大会のホワイト・エレファントに触れる討論者がいないのが残念であった。2008年北京大会の経験が2022年北京冬季大会に引き継がれるのかも気がかりなところであった。

8.Spark Talk 1: Fighting for the Right to Play Sport(写真下左)

 パキスタンのスカッシュ選手の体験報告。パキスタンとアフガニスタン国境近くのタリバンが活動する内戦状態の地域で、レジスタンの父によって男の子の格好をしてスカッシュを続けたMaria Toorpakai Wazir。今ではプロ選手としてカナダに在住し、財団を作り、子どもたちが生きられるようにと活動。「ベタープレーヤーよりベターヒューマンとして生きる」と言っていたことが印象深い。

9.Integrity on Institutions: Combatting Corruption in Sport
 
(写真下右は全体会に参加した日本選手団)

 続く全体会は組織体のインテグリティの話題に。(疲れと時差ぼけでダウン)

10. Awards Ceremony

 初日の会議の最後は。女性とスポーツ賞、永年コーチ賞、世界の運動都市賞などの表彰式が執り行われた。正式にIOC委員ではない渡辺盛成氏が登場。最後はパーティで締めくくった。このパーティでは、読売新聞の結城さんとの話でIOCがオリンピック批判者の意見を直接聞くのが今回のForumが初めてだといっていた。Zimbalistとボストンのオリンピック反対運動(No Boston)のメンバーも入れているのが、これまでの取材経験からして、「信じられないことだ」と言っていたのが印象深い。立食パーティで、ワインとビール、軽食でお腹を満たし、何人かの知人達や参加者達と情報交換する。IOA関連の知人達も多くいて懐かしい限りであった。

 

第2日目:10月6日(土曜日)
1.WS WS9A Sport as a Human Right(写真下左)
  WS9B Sport & Human Rights(写真下右)

 朝一番のセッションは人権HRのWSに参加。「スポーツは人権か、人権保護の手段か」という問題提起もあったが、David Grevemberg氏の「人権は平和との関連が重要であり、Human Legacyが素晴らしいレガシーである」との意見には私の持論とぴったり重なり首肯する次第である。「スポーツは新しい権利である、教育権のように」。また、「HRを達成する手段である、オリンピックは社会を変えるポジティブなインパクトがあるが、国の社会文化や文脈による差がある」と障がい者でIPCのJuanが強調していたのが印象深い。

 HRの第2部でも様々な立場からスポーツと人権について話題提供された。Ingmar Da Vos が「HR は IOC とUNのDNAだ」と言っていた。どんなDNAかが重要な問題であるが(持論では、それは平和だと考える。)HR WachのMinky Wardenは中国に注視していること、LGBT差別やマイノリティの労働問題、スタジアム建設での事故死問題などに言及していた。セネガルのManadou Diabna Ndiayeは2030 SDGsにおけるUNとIOCの協力が大切と主張。ILOのGiovanni Di Colaは「スポーツはHRではなくその手段だ。HRとは何か? そこを再考すべき」と主張。組織体のミスマネジメントが重大なネガティブインパクトをもたらす可能性があり、マイノリティの差別や阻害などの問題が生じるのでスポーツがそのセーフガードとなるにはどうするかが課題指摘された。最後まで「スポーツが人権の一つであるのか、HR達成のためのツール(ミーンズ)なのか」については議論が深まらなかった。ここにも東京2020大会の関係者が登壇しないのがもったいない。

2.YOG 2018: Spotlight on Buenos Aires

 コーヒーブレイク後は、ブエノスアイレスのLarreta市長に南京YOGの銀メダリストで今回のヤング・チェンジ・メーカー(前回まではヤング・アンバサダーと呼んでいた)の若いFernanda Russoがインタビューする。Larreta市長は「10日前から選手村に各国の国旗が窓に飾られるのを見て素晴らしいと感じた。市長としての夢が叶った」と話していた。市長は教育の大切さ、インタンジブルなレガシーとしての価値を大切にすること、そのためにはボランティアや聖火リレーでつないだ精神文化のレガシーなどの重要性について発言していた。また、未来の子どもたちに対して、メダルの大切さやそれに向けた努力や忍耐などの重要性を語っていた。「全ての子ども達が関わることができ、アクティブになることで、ブエノスアイレス市がIOCから世界のアクティブシティに選ばれた」と喜んでいた。このようにハードなCity Planではないところに重要性を感じている市長のようであった。

3.Spark Talk2:Using the Power of Basket Ball to Educate & Empower Youth(写真上右)

 合間には、バスケット、JUDO、スケートボード、などを用いた世界中の平和や教育、エンパワーメントの実践報告の短いSpark Talkを挟んでいた。2つめの実践報告はルワンダの虐殺後のバスケットボールを通じた女性達の活躍への支援団体Shooting Touchの報告。ミッションとして、運動への平等な機会の提供、健康教育2つが示された。マラリアやHIVで死亡する子どもたちを守るために、身体の教育の必要制やそこにPower of Sportの活用、Gender Equityを目指し「国際女性デー」で横断幕を掲げて行進する女性達の写真を披露。

4.Spark Talk3:Judo for the World(写真下右Vizer氏)

  世界柔道連盟のMarius Vizerが司会で登場。被災地や貧困な国でのJUDOの活用のVTR紹介。嘉納治五郎の映像も入っていた。その映像の中の日本の子どもの発言「柔道はただのスポーツではない、社会に貢献するもの」と言っていたのが興味深い。JUDO for Children CommissionメンバーのRuben Houkesのオランダでの取り組み、JUDO for Peaceに関わっているフランスのNicolas Messnerのアレッポやリオのファベーラでの取り組みを紹介。この中に日本の柔道家がいないのはなぜ? と残念に思った。

5.全体会:What is the Future of Sport?(写真下左)

 この全体会は、IOCも先般Forumをローザンヌで開催したe-スポーツなどの将来のスポーツを語るセッション。e-スポーツ推進派であるIntelのJohn Boniniは「e-スポーツはバウンダリーを変える、マインドゲームもそうだ」と主張。セネガルのような途上国では無理だし、physical Activityが重要という主張。リオの世界スノボーのチャンピオンの子ども(女性)は環境が整っていないので、LAに住んでいる現状も語っていた。「ニュースポーツがオリンピックスポーツになるためには」という司会の問いかけに、e-スポーツ派は「視聴者が決める」と主張していたが、「最終的には組織体が決定する」と司会者が応戦していたのが興味深かった。しかし、ゲーム依存症の問題は誰もが触れなかったのが問題であろうし、スポーツかゲームか? の議論が必要であろう。

6.Journey from Refugee to Olympian: Spotlight on Rio 2016 Refugee Olympic Team(写真下)

 もう一つの全体会では、2016リオ大会で参加した10人の難民選手団のうち、男女2人が壇上に立ってインタビューを受けた。女性のYusra Mardiniは「リオで行進したときにスタンド全体がスタンディング・オベーションで応援してくれた時間が夢のようだった」「IOCのおかげでスポーツすることができる喜びを味わえた。」「この体験をシェアし、人々にも感動を与えるために国連難民センターでGoodwill Ambassadorとして活動しているのだ」と話してくれた。多くの人たちから、「その後どうしている?」と聞かれるのだそうだが、難民の子どもたちが「君のようになりたい、オリンピックに出るにはどうしたら良いの?」と聞かれるので、「ロールモデルになりたい」とYusraはしっかり語っていたのが嬉しい。難民キャンプで十分な教育を受けられない多くの子どもたちに対して、Olympic Refuge Foundationが設立され、その理事会メンバーのYiech Pur Biel(南スーダン)の「世界中にメッセージを広げる。世界を変えていく活動しているチームがある」という話も会場に説得性があった。最後に、難民選手団10人が壇上に上がり、バッハ会長と一緒に記念撮影をし、握手した瞬間は、会場の参加者達も全員がスタンディング・オベーションで拍手を送った素晴らしい瞬間であった。私はその様子をカメラに収めておいた(拍手しない気恥ずかしさもあったが、、。)。このように選ばれたものと難民キャンプで不遇の生活を送っているものとの差が忍ばれたセッションでもあった。さて、東京2020大会では難民問題をどうするのだろうか?(そう思っていたら、ドバイで乗り換え中に、10月9日開催の第133回IOC総会で、2020東京大会で難民選手団を編成することが決まった、とニュースが流れてきた。さて、日本政府の対応はどうする?)

7.Spark Talk: Education and Empowerment through Skateboarding

 スケートボードを用いて教育とエンパワーメント活動をしているアフガニスタン、カンボジア、南アフリカに活動拠点を置く「Skateistan」の実践報告。スケートボードを通じて子どもたちや若者達に力を与え教育している様子の報告。

8.Olympian to Social Consciousness Entrepreneur: A New Career Path?(写真下右)

 Forumの終了前にノーベル平和賞受賞者のYanus財団のMuhammad Yanus教授がインタビューを受けた。「アスリート達はパワフルボイスを持っている。リタイア後もスポーツで培った力がビジネス界で活用できる」との主張である。IOCが新設したアスリートのセカンドキャリアのためのAthlete 365 Business AcceleratorにYanus財団から資金援助する調印式が、壇上でバッハ会長との間で執り行われた。

9.Forum Outcomes & Closing Remarks

 最後にバッハ会長の締めくくりの挨拶である。「Olympic 2020 Agendaが検証されたForum」と自慢するバッハ会長。「一歩前進したYOG、All Citizenと開会式でOlympic精神をenjoyしてくれ」と締めくくった。締めくくりはForumのVTR情報後にアルゼンチンタンゴの生実演。モダナイズしたグループのパフォーマンスのようであったが、これぞ文化プログラムと思われるような好演であった。その後、遅い昼食をとった後、解散。

 

 

 

ノルウェーのオリンピック・ムーブメント:リレハンメル&オスロのオリンピック視察

2018 年 11 月 8 日 Comments off

執筆:舛本直文(首都大学東京特任教授/JOA副会長)

 

9月5日 オスロのノルウェー・スポーツ大学に隣接したOlympia Toppenの見学

 国際スポーツ哲学会(IAPS)のレジストレーションを済ませると、スポーツ大学構内の見学と近くのSognsvann湖の見物に。多くの子どもたちや若者達が自然の中で校外授業をしているようであった。綺麗な景色の中を多くの人たちがジョギングやクロスカントリー走をしていた。冬はクロカンでガンガン走る文化なのだろうと想像する。歩く人もバイクの人もいて、多くの人たちで賑わっていた。散策を続けると、偶然ノルウェー・オリンピック委員会のトップトレーニング施設に行き当たる。中に入ると宿泊施設が沢山併設されたトレーニング施設であった。冬のクロカンのトレーニング拠点であろう。たまたまラッキーに出会ったので、入り口で記念写真を撮っておいた。

 

9月6日:リレハンメルのノルウェー・オリンピック・ミュージアム見学

 地下鉄でオスロ中央駅に到着。自販機で9:34発のリレハンメル行きの往復チケットを購入。帰りは17:05の予定。ローカル線の普通で片道で426クローネ(約7,000円)だ。結構高い。

リレハンンメルでは、先ずノルウェー・オリンピック・ミュージアムの見物。2016年YOG後の展示と平和関係の展示がどうなっているかの情報収集である。時間があればジャンプ台まで足を伸ばし、聖火台も写真を撮るつもりだったが…。

 オスロ中央駅からリレハンメルまで電車(R10)で2時間10分。リレハンメル駅のインフォメーションで地図をもらい、徒歩でどれくらいミュージアムまでかかるかを確認する。15-20分というので、雨も降っていないので歩くことにする。2年前に来たことのある町、その時も大津君と一緒に徒歩であちこち歩き回っているので、様子はかなり分かっている。懐かしい風景があちこちにあるが、冬と違い、道に滑り止めの砕石がないのが不思議である。

 ノルウェー・オリンピック・ミュージアムまで登りの徒歩で約20分で到着。チケット代は135クローネ(日本円で約2,000円)と結構高い。中に入ると、いくつかが最新の展示に替わっている。先ず、オリンピック休戦のコーナーができていて、そこには2018年平昌冬季大会の統一旗の入場行進や韓国チームの公式ユニフォームも展示してある。ユニフォームには青色の統一旗のワッペンが縫い付けてあった。様々なオリンピックの平和のシンボル(聖火、リレー、象徴的放鳩)などと各大会の放鳩のVTR映像も流されていた。長野の映像もあった。クーベルタンやオリンピック憲章の根本原則も書かれていて、申し分ない展示であったと言える。第2に、2016年のユースオリンピック関連のものは最終コーナーに展示してあった。トーチやボランティアのユニフォームが展示され、VTR映像も流されていた。扱いは多くはないのが残念!

 その他の展示は、2016年の開館当時と同様にノルウェーのオリンピック史がインタラクティブな映像マシンも設置して、自国のオリンピック史を学べるようになっていた。当然クロカン文化の国、それが多くなっているのは仕方が無い。室内はジャンプ台と空中はオーロラ風にデコレーションされ、なかなかの飾り付けであった。バイアスロンのシューティング・シミュレーションも楽しめるようになっていた。一発も当たらなかったが。

 続いて、ミュージアムを出てジャンプ台に向かう。オリンピック・パークと名付けられた一角には選手村の跡地がホテルとアパートになっていた。その斜面の上方部分がオリンピック・パークである。ジャンプ台まで歩こうとしたが、中間でもう20分位かかりそうなので歩くのはここで断念することに。ジャンプ台と聖火台を遠くに眺めながら写真に収めておいた。聖火台は2つが見えた。このジャンプ台では、夏でもラージヒルとノーマルヒルで飛んでいた。ジャンプの強化練習か何かであろうか。

 続いて、ハコンホールに向かう。YOGの時にはLearn & Share(旧CEP)会場だったところ。YOGのシンボルマークと公園に設置されていた聖火台がここに移されていた。ハコンホールにはOlympic Toppenと記されていたので、ここもノルウェーのトップ選手の強化施設ということであろう。ハコンホールには、2016年に見たときには、1994年リレハンメル大会の時の象徴的放鳩に使われた地球型の卵とハトが飾られていたが、今回は入ルことができなかったので確認することができなかった。ハコンホールの隣のクリスティンホールとユースホールも遺されていた。どのような使い方をされているかは、ここも中には入れなかったのでわからなかった。カーリング施設にもYOGのエンブレムが飾られていた。YOGのレガシーとしてこれらの施設がどう使われているかが問題であろう。

 

9月7日:ノーベル平和センター

 ノーベル平和センターに向かう。建物の中の一部が工事中であったが、2階の展示は見物はできる。携帯で当センターのサイトにアクセスして日本語の音声ガイドが聞けるのも良い。2階では、歴代の平和賞受賞者の写真とメッセージを見ることができるコーナーが準備されていた。初代の受賞者のアンリ・デュナン(国際赤十字の設立)、オリンピアンの銀メダリストで平和賞を受賞したイギリスの政治家ノエル・ベーカー卿、キング牧師、オバマなどの写真を撮っておいた。この中に、佐藤栄作氏の写真があるのが何とも異質な感があった。今年の受賞者の”I  CAN”の展示が多くあった。最新の受賞者がこのような展示をするのであろうかと思う。ノーベル平和賞だけがここオスロの市庁舎のホールで授賞式が執り行われるが、そこも見ることができるようである。

 最終日の8日に市庁舎(シティ・ホール)を見物。凄く広いホールであった。昔使っていた会議室等も見学することができた。平和賞授賞式の写真パネルが飾ってあったが、オバマ大統領受賞時の写真も飾られていた。

 

同日夕方4時から:ホルメンコーレンのスキーミュージアム

 学会のソーシャル・プログラムの一つで、ホルメンコーレンのスキージャンプ台とミュージアム見学に地下鉄で向かう。30人の集団なので移動に手間取り、ガイドのツアーに間に合わなかったようである。しかし、特別に短時間のツアーを頼んでくれたようで、急いで2手に分かれ、私たちのグループはエレベーターで最上階のジャンプ台のてっぺんまで登った。強風と風が冷たくてコートを持っていて大正解であった。

 このジャンプ台は1952年オスロの冬季大会の会場であったが、その後何回か改修され、今でもジャンプ競技に使われている。高いところにあるのでオスロの町も一望でき、良い観光地になっているようである。ミュージアムの展示もノルウェーのスキー文化の誇りが一杯感じられる展示である。最古のスキーや狩りをするためのストック、ビンディングなども展示してあったし、テレマーク地方のスキー文化展示も。また、ノーベル平和賞受賞者でもあるフリチョフ・ナンセンの北極探検も国の誇りの一つなのであろう。彼らが使ったスキーや橇やテントなどがしっかり展示してあった。しかし、1952年のオスロの冬季大会時のジャンプの様子が展示されていないのが残念であった。

 ここはもしオスロを訪問したら多くの人に是非とも訪れて欲しいところである。しかし、ガイドがいないと展示の詳細が分からないのはミュージアムとしては少々残念である。ここに、日本ジャンプ界のレジェンドである葛西選手の板が飾ってあったのが嬉しい限りである。ジャンプ台のバッケンレコードの女子の部に高梨沙羅の名前があったのも嬉しい。ここでは、フライイング・ジャンプの大会が開催されているようだ。