2018年IOC Olympism in Action Forum 参加報告
執筆:舛本直文(首都大学東京特任教授/JOA副会長)
久しぶりに開催されたこのIOCのForum自体は、IOCのAgenda2020による改革の順調さを強調(自慢)するようなものが多いような印象を受けたが、ここにその様子を少しまとめておく。Forumの司会には、BBCなどのテレビ局のメンバーが多いのは、「メディアをIOC側に取り込むせいか?」とも思った次第でもある。
Forum自体は、全体会とWSに分かれて開催されたが、WSには全て出ることができないので、私が参加した3つのWSの報告に限られる。女性問題、反ドーピング、経済問題に関わる招致の新方式(New Norm)など、現在のIOCのビッグ一シューについて、反対論者も招いたディベートのWSもあって、結構興奮するセッションが多かった。また、Spark Talkという自分たちのスポーツや教育などの途上国における体験談から、その後の財団やNGOを設立して活動する人たちの実践報告は、かなり力強くインパクトのある報告であった。
第1日目:10月5日(金)
1.Opening Session(写真下右)
開会スピーチでバッハIOC会長はネルソン・マンデラの「スポーツには社会を変える力がある」という言葉を引用して、「スポーツでより良い世界を創ろう」とスピーチ。「ブエノスYOGではじめてGender Equalityが実現した。男女の参加者数が初めて50%50% を達成した」と述べると、会場から拍手がわき起こった。アルゼンチンのマクリ大統領も参加したオープニングメッセージ、国連のグテーレス事務総長はビデオメッセージ参加でSDGsに言及、「国連のルールはIOCのルールだ。IOCと国連は平和と健康というテーマで重なっている」と語っていた。
2.The Power of the Olympic Truce
最初のセッションは、「オリンピック休戦」の力について、元国連事務総長のBan Ki-moon氏のインタビュートーク。若い女性ジャーナリストが、2018年平昌大会の南北朝鮮統一チームの行進について質問。「統一チームの行進は、平和・友情の象徴で、このようなシーンは見たことがない。平和への希望へのinvolvementだ、これがスポーツのパワーだ」と答えていた。彼は国連の自慢も忘れず、1993年からのオリンピック休戦の総会決議の開始したこと、2018年平昌大会が最大の成功であること、これがスポーツのユニークなパワーであること、スポーツの持つモチベーションとビジョン、この力こそ平和の力だ、と答えていた。2013年には4月6日を「開発と平和のスポーツ国際デー」にしたことも国連の自慢の一つのようだ。「いかなる差別もなく誰もがスポーツする権利と機会を持つことが、重要だ」と答えていた。
3.Women in Sport
各種団体の女性メンバーが登場。パネルの中に男性は1人のみ。スポーツ界では指導者や組織レベルでの参加が少ないことが問題に。ビジネス界での女性の活躍の場の確保も問題指摘された。夕方に女性スポーツ貢献者の表彰があるのも、まだ男女平等社会が実現できていない証拠の一つと思われたのが正直なところである。早く男女同数表彰が行われる必要があるのか、それとも全く男女の別なく個人の能力に関して評価するようにし、男女数にはこだわらない時代が来るのか、なかなか見通せないセッションであった。
4.Combatting Doping in Sport: A Battle Worth Fighting
アンチ・ドーピングのセッションでは、先日選手委員会が出した「アスリートの権利と責任」の声明VTRが流された。しかも、ロシアのドーピングを自ら告発したビタリーとユリアのステファノヴァ夫妻がSkypeで議論に参加。アスリートの権利と義務も交えて議論に。ロシアの制裁を解除したWADAやIOAにはメディアの追求の不十分さがある、との主張もあった。
5.Work Shop
コーヒーブレイクの後は4カ所に分かれてのWSディスカッション。
WS1A Protecting Athletes: Considerations on Doping & Fair Play(写真下左)
WS1B Protecting Athletes: Education & Deterrence(写真下右)
知人の2人Mike McNameとAndy Miahが対論した反ドーピングセッションに参加。Mikeはドーピング問題はSpoil Sportであり、医科学ではなく倫理の問題だと主張。Andyは、遺伝子ドーピングは人権に関わる問題でPublic Health Issuesだと応じていた。第2部ではKady K.Tounkaraが早い年齢の内からサンクション(罰)が必要だし、YOGのロールモデルが必要だと強調していた。Muffy Davisは、IOCとIPCでは、クラス分けや用具の問題など、両者のスタンスの違いがあると主張していた。
6.Work Shop
昼食後も4カ所に分かれてのWSディスカッション
WS6A Cost, Legacy & the New Norm:Debate(写真下左)
WS6B Spotlight on Paris 2024 and Los Angeles 2028 Olympic Games
友人のHolger Preussと反オリンピック論者のZimbalistが対論するセッションに参加。開催費用とレガシー、IOCの新基準に関するディベートであった。折しも「東京大会が3兆円超え」のニュースが駆け回った直後の話題。公的資金と組織委員会の開催経費は区別するべき、とHolger Preussは提案。オリンピック反対者のZimbalistは招致から多くの都市が引き下がる現在の危機状況から、変化が必要で新しいノームが必要であると言い、招致から大会終了までの全コストのうち半分をIOCが負担する、という新しい提案をしていた。ソルトレークのCOOであったFrazer Bullockは開催都市の将来計画と合わせたレガシープランが必要であるとした。司会はインタンジブルなレガシーが重要であるとしたが、Preussはそのようなレガシー測定の難しさを強調していた。読売新聞の結城和香子さんがこの点の重要性を質問していたのだが、、。さて、17日間の大会のために準備された施設やインフラが使用されない問題は解決できるのであろうか? (第2部はpass)
7.Hosting the Olympic Games: City Perspective
午後のコーヒーブレイク後は再び全体会。(写真下右)
2012年ロンドン大会、2010年バンクーバー冬季大会、2022年北京冬季大会の代表達が開催都市の見通しから大会開催について紹介したが、1人ボストン招致反対運動No Bostonを組織したChris Dempseyが「2,3週間の大会というパーティのために納税者のお金を使うわけにはいかない」との反対論が、肯定派の参加者やスピーカーが多い中でも存在感を示していた。このような議論の中に、東京2020大会の関係者が登壇していないのが寂しい限りである。また、2016年リオ大会のホワイト・エレファントに触れる討論者がいないのが残念であった。2008年北京大会の経験が2022年北京冬季大会に引き継がれるのかも気がかりなところであった。
8.Spark Talk 1: Fighting for the Right to Play Sport(写真下左)
パキスタンのスカッシュ選手の体験報告。パキスタンとアフガニスタン国境近くのタリバンが活動する内戦状態の地域で、レジスタンの父によって男の子の格好をしてスカッシュを続けたMaria Toorpakai Wazir。今ではプロ選手としてカナダに在住し、財団を作り、子どもたちが生きられるようにと活動。「ベタープレーヤーよりベターヒューマンとして生きる」と言っていたことが印象深い。
9.Integrity on Institutions: Combatting Corruption in Sport
(写真下右は全体会に参加した日本選手団)
続く全体会は組織体のインテグリティの話題に。(疲れと時差ぼけでダウン)
10. Awards Ceremony
初日の会議の最後は。女性とスポーツ賞、永年コーチ賞、世界の運動都市賞などの表彰式が執り行われた。正式にIOC委員ではない渡辺盛成氏が登場。最後はパーティで締めくくった。このパーティでは、読売新聞の結城さんとの話でIOCがオリンピック批判者の意見を直接聞くのが今回のForumが初めてだといっていた。Zimbalistとボストンのオリンピック反対運動(No Boston)のメンバーも入れているのが、これまでの取材経験からして、「信じられないことだ」と言っていたのが印象深い。立食パーティで、ワインとビール、軽食でお腹を満たし、何人かの知人達や参加者達と情報交換する。IOA関連の知人達も多くいて懐かしい限りであった。
第2日目:10月6日(土曜日)
1.WS WS9A Sport as a Human Right(写真下左)
WS9B Sport & Human Rights(写真下右)
朝一番のセッションは人権HRのWSに参加。「スポーツは人権か、人権保護の手段か」という問題提起もあったが、David Grevemberg氏の「人権は平和との関連が重要であり、Human Legacyが素晴らしいレガシーである」との意見には私の持論とぴったり重なり首肯する次第である。「スポーツは新しい権利である、教育権のように」。また、「HRを達成する手段である、オリンピックは社会を変えるポジティブなインパクトがあるが、国の社会文化や文脈による差がある」と障がい者でIPCのJuanが強調していたのが印象深い。
HRの第2部でも様々な立場からスポーツと人権について話題提供された。Ingmar Da Vos が「HR は IOC とUNのDNAだ」と言っていた。どんなDNAかが重要な問題であるが(持論では、それは平和だと考える。)HR WachのMinky Wardenは中国に注視していること、LGBT差別やマイノリティの労働問題、スタジアム建設での事故死問題などに言及していた。セネガルのManadou Diabna Ndiayeは2030 SDGsにおけるUNとIOCの協力が大切と主張。ILOのGiovanni Di Colaは「スポーツはHRではなくその手段だ。HRとは何か? そこを再考すべき」と主張。組織体のミスマネジメントが重大なネガティブインパクトをもたらす可能性があり、マイノリティの差別や阻害などの問題が生じるのでスポーツがそのセーフガードとなるにはどうするかが課題指摘された。最後まで「スポーツが人権の一つであるのか、HR達成のためのツール(ミーンズ)なのか」については議論が深まらなかった。ここにも東京2020大会の関係者が登壇しないのがもったいない。
2.YOG 2018: Spotlight on Buenos Aires
コーヒーブレイク後は、ブエノスアイレスのLarreta市長に南京YOGの銀メダリストで今回のヤング・チェンジ・メーカー(前回まではヤング・アンバサダーと呼んでいた)の若いFernanda Russoがインタビューする。Larreta市長は「10日前から選手村に各国の国旗が窓に飾られるのを見て素晴らしいと感じた。市長としての夢が叶った」と話していた。市長は教育の大切さ、インタンジブルなレガシーとしての価値を大切にすること、そのためにはボランティアや聖火リレーでつないだ精神文化のレガシーなどの重要性について発言していた。また、未来の子どもたちに対して、メダルの大切さやそれに向けた努力や忍耐などの重要性を語っていた。「全ての子ども達が関わることができ、アクティブになることで、ブエノスアイレス市がIOCから世界のアクティブシティに選ばれた」と喜んでいた。このようにハードなCity Planではないところに重要性を感じている市長のようであった。
3.Spark Talk2:Using the Power of Basket Ball to Educate & Empower Youth(写真上右)
合間には、バスケット、JUDO、スケートボード、などを用いた世界中の平和や教育、エンパワーメントの実践報告の短いSpark Talkを挟んでいた。2つめの実践報告はルワンダの虐殺後のバスケットボールを通じた女性達の活躍への支援団体Shooting Touchの報告。ミッションとして、運動への平等な機会の提供、健康教育2つが示された。マラリアやHIVで死亡する子どもたちを守るために、身体の教育の必要制やそこにPower of Sportの活用、Gender Equityを目指し「国際女性デー」で横断幕を掲げて行進する女性達の写真を披露。
4.Spark Talk3:Judo for the World(写真下右Vizer氏)
世界柔道連盟のMarius Vizerが司会で登場。被災地や貧困な国でのJUDOの活用のVTR紹介。嘉納治五郎の映像も入っていた。その映像の中の日本の子どもの発言「柔道はただのスポーツではない、社会に貢献するもの」と言っていたのが興味深い。JUDO for Children CommissionメンバーのRuben Houkesのオランダでの取り組み、JUDO for Peaceに関わっているフランスのNicolas Messnerのアレッポやリオのファベーラでの取り組みを紹介。この中に日本の柔道家がいないのはなぜ? と残念に思った。
5.全体会:What is the Future of Sport?(写真下左)
この全体会は、IOCも先般Forumをローザンヌで開催したe-スポーツなどの将来のスポーツを語るセッション。e-スポーツ推進派であるIntelのJohn Boniniは「e-スポーツはバウンダリーを変える、マインドゲームもそうだ」と主張。セネガルのような途上国では無理だし、physical Activityが重要という主張。リオの世界スノボーのチャンピオンの子ども(女性)は環境が整っていないので、LAに住んでいる現状も語っていた。「ニュースポーツがオリンピックスポーツになるためには」という司会の問いかけに、e-スポーツ派は「視聴者が決める」と主張していたが、「最終的には組織体が決定する」と司会者が応戦していたのが興味深かった。しかし、ゲーム依存症の問題は誰もが触れなかったのが問題であろうし、スポーツかゲームか? の議論が必要であろう。
6.Journey from Refugee to Olympian: Spotlight on Rio 2016 Refugee Olympic Team(写真下)
もう一つの全体会では、2016リオ大会で参加した10人の難民選手団のうち、男女2人が壇上に立ってインタビューを受けた。女性のYusra Mardiniは「リオで行進したときにスタンド全体がスタンディング・オベーションで応援してくれた時間が夢のようだった」「IOCのおかげでスポーツすることができる喜びを味わえた。」「この体験をシェアし、人々にも感動を与えるために国連難民センターでGoodwill Ambassadorとして活動しているのだ」と話してくれた。多くの人たちから、「その後どうしている?」と聞かれるのだそうだが、難民の子どもたちが「君のようになりたい、オリンピックに出るにはどうしたら良いの?」と聞かれるので、「ロールモデルになりたい」とYusraはしっかり語っていたのが嬉しい。難民キャンプで十分な教育を受けられない多くの子どもたちに対して、Olympic Refuge Foundationが設立され、その理事会メンバーのYiech Pur Biel(南スーダン)の「世界中にメッセージを広げる。世界を変えていく活動しているチームがある」という話も会場に説得性があった。最後に、難民選手団10人が壇上に上がり、バッハ会長と一緒に記念撮影をし、握手した瞬間は、会場の参加者達も全員がスタンディング・オベーションで拍手を送った素晴らしい瞬間であった。私はその様子をカメラに収めておいた(拍手しない気恥ずかしさもあったが、、。)。このように選ばれたものと難民キャンプで不遇の生活を送っているものとの差が忍ばれたセッションでもあった。さて、東京2020大会では難民問題をどうするのだろうか?(そう思っていたら、ドバイで乗り換え中に、10月9日開催の第133回IOC総会で、2020東京大会で難民選手団を編成することが決まった、とニュースが流れてきた。さて、日本政府の対応はどうする?)
7.Spark Talk: Education and Empowerment through Skateboarding
スケートボードを用いて教育とエンパワーメント活動をしているアフガニスタン、カンボジア、南アフリカに活動拠点を置く「Skateistan」の実践報告。スケートボードを通じて子どもたちや若者達に力を与え教育している様子の報告。
8.Olympian to Social Consciousness Entrepreneur: A New Career Path?(写真下右)
Forumの終了前にノーベル平和賞受賞者のYanus財団のMuhammad Yanus教授がインタビューを受けた。「アスリート達はパワフルボイスを持っている。リタイア後もスポーツで培った力がビジネス界で活用できる」との主張である。IOCが新設したアスリートのセカンドキャリアのためのAthlete 365 Business AcceleratorにYanus財団から資金援助する調印式が、壇上でバッハ会長との間で執り行われた。
9.Forum Outcomes & Closing Remarks
最後にバッハ会長の締めくくりの挨拶である。「Olympic 2020 Agendaが検証されたForum」と自慢するバッハ会長。「一歩前進したYOG、All Citizenと開会式でOlympic精神をenjoyしてくれ」と締めくくった。締めくくりはForumのVTR情報後にアルゼンチンタンゴの生実演。モダナイズしたグループのパフォーマンスのようであったが、これぞ文化プログラムと思われるような好演であった。その後、遅い昼食をとった後、解散。