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ユースオリンピックと今後のオリンピック・ムーブメント

2010 年 8 月 15 日


執筆:桶谷敏之(嘉納治五郎記念国際スポーツ研究・交流センター)

2010年8月、オリンピック・ムーブメントは新たな局面を迎えることになる。ユースオリンピック大会(YOG: Youth Olympic Games)の開幕である。これは14〜18歳のユースアスリートを対象に、スポーツと教育・文化を融合させ、正にオリンピック・ムーブメントが目指す活動を一つのイベント内で体現させようとする非常に野心的な試みであり、今後のオリンピック・ムーブメントを考える上で欠かせないエレメントになることは間違いないであろう。然るにその実情が今日に至るまでメディア等であまり報道されてこず、果たしてこのYOGがどのような大会なのかといったテクニカルな情報だけでなく、何故今ユースオリンピックなのかといった理念的な部分の周知も(少なくとも日本国内では)不充分なままきてしまったように思われる。そこでここでは、YOGが創設されるに至った経緯とこれから迎える第1回大会の特色などについて概略をまとめてみたい。

既に過去の報道でも伝えられたように、YOGは2007年7月のIOC総会(グアテマラ)にて創設が承認された。本人も認めているようにロゲ会長肝いりの企画である。この構想には「スクリーン文化」の悪影響により若者がスポーツから離れてしまっているという現状を打開し、何とか若者をスポーツに回帰させようという大きな目的がある。

その手始めとしてロゲ会長は、EOC(ヨーロッパ・オリンピック委員会)会長であった1991年にEurope Youth Olympic Festivalを創設した。これはヨーロッパの青少年を対象として、夏季、冬季それぞれが2年ごとに開催されるスポーツイベントで、創設者でもあるロゲ会長は現在も熱心に支援している。同種のイベントはシドニーオリンピックのレガシーとして、2001年より隔年で開催されているAustralian Youth Olympic Festivalが挙げられよう。これらの積み重ねがテクニカルな面を含め、IOCイベントとしてのYOG創設につながったといえる。

第1回ユースオリンピックの開催には実に11都市が名乗りを上げた。その後書類選考とビデオプレゼンテーションによる選考を経てモスクワとシンガポールがファイナリストとして選出され、2008年2月、IOC委員の郵便投票により栄えある史上初開催の権利はシンガポールへともたらされた。

さて、このYOGであるが、その特色は何といっても世界中から集結した次代のオリンピックヒーローらに文化教育プログラム(CEP)を体験させる点であろう。CEPは大きく分けて5つのテーマで構成されており、アスリートは競技の前後でこれに参加する。その内容をみると、座学ではなく体験学習や交流をメインにプログラムが組み立てられており、体を通してスポーツの価値、オリンピック・ムーブメントの意義を学べるよう配慮されている。

また競技の面では、男女混合種目や、NOC代表ではなく大陸ごとのチーム編成で行うものなど、スポーツを通した交流が自然と促されるような仕掛けが幾つか施されている。更にバスケットボールでは3 on 3を、サイクリングでは混合競技を実施するなど、オリンピックスポーツとしても新たな試みが実施され、IF側にとっても新たなオリンピックの姿を模索する大会となるであろう。

昨年JISSのイベントで講演されたシンガポール国立南洋理工大学(ここはシンガポールで選手村として利用される)のTeo-Koh Sock Miang博士は、「ユースオリンピックは全ての人にとってチャンスとなる大会としたい」とYOGの目指すビジョンを披露された。そのビジョンに従い、組織委員会は団長を含めた選手団役員もできるだけ若手を多く採用するようにNOCに依頼したそうである。なるほど、今回の日本選手団も全体的に若手の起用が目立ち、選手だけでなく若手役員の活躍の場にもなっているといえよう。

選手団だけではない。世界中の各NOCから推薦を受けて選出されたYoung Ambassador、各大陸NOC連合から選ばれたYoung ReporterもYOGの主役たちである。

IOCとしては、シンガポールに参加し、オリンピズムを身につけた若者たちが2012年ロンドン大会、あるいは2016年リオ大会でチャンピオンや大会を支える立場となり、その次の世代のロールモデルとして活躍することを期待しているに違いない。そういった好循環が生まれてくれば、オリンピック・ムーブメントがより深く、より実感できるかたちで社会に浸透していくことになるだろう。

以上のように、YOGの開催を通してかなり野心的な取り組みが行われるが、なかなかまとまって情報が発信されることがなく、特に新聞紙面などを通して折角の理念が周知しきれなかった点は否めない。通常オリンピックは7年の準備期間を経て開催されるものだが、今回組織委員会に与えられた時間はわずか2年半である。更にIOCにとっても初の試みであるため、組織委員会側も戦略的な国際PRがなかなか実現できなかったことに仕方のない面もあろう。もっとも、IOC組織委員会双方ともホームページを通した情報発信にはかなり力を入れてきた。また、より若者に直にメッセージが届くようにとのIOC側のコミュニケーション戦略もあり、FacebookYoutubeTwitterといったいわゆるソーシャルメディアを用いた情報発信はかなり積極的に行われてきた。今後こういった方向性はその他のオリンピック組織委員会にも引き継がれ、発展していくことは間違いない。

ところで、日本側としてはYOGがインターハイなど国内主要大会と日程が重なってしまうため、選手選考が相当に難しかったことと思う。今後YOGがオリンピックと密接に連動した大会となってくる場合、インターハイなど国内大会との関係性も再定義が求められるのではないだろうか。同じことは国際競技連盟主催の国際大会との関係性についてもいえる。

しかし、一番大きな課題はやはり言語であろう。現在の日本に英語を用いて支障なくコミュニケーションができる14~18歳のユースアスリートが果たして何人いるだろうか(まして仏語では・・・)。そのため、シンガポールでは組織委員会が現地在住の日本人などにサポートを依頼するなど、出来る限りの対策は講じている。我々としては寧ろこれを機会に外国語を含めたアスリートのコミュニケーション能力をユース世代から鍛えていく体制を整えるべきであろう。

来る8月14日に革新的な取り組みを詰め込んだ、史上初のYOGが開幕する(開会式は日本時間の20時30分スタート)。残念ながら日本でのテレビ放送はないようだが、ハイライトの映像はネット上にアップされるそうなのでぜひ確認されてはいかがだろうか。

参考サイト

・ CEPのイメージ
http://www.olympic.org/en/content/Media/?articleNewsGroup=-1&articleId=95904
・ 五大陸のユース代表が歌う大会テーマソング
http://www.singapore2010.sg/public/sg2010/en/en_multimedia/en_theme_song.html


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