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バンクーバー・オリンピック大会を通したメープルリーフへの誇り

2010 年 3 月 11 日


執筆:山本真由美(世界アンチ・ドーピング機構:WADA)

バンクーバー・オリンピックの総括

2010年バンクーバー・オリンピック大会は、グルジア代表のルージュの選手がテストランで死亡するという悲劇に始まり、雪が降らないサイプラス・マウンテンを例にとりイギリスの全国紙に「史上最悪の大会だ」と揶揄されながらも (Guardian, 2010.2.15)、最後はカナダの男子アイスホッケー・チームがアメリカを延長戦で破り劇的な勝利を飾り、大会の幕が閉じられた。バンクーバー大会最後の歴史的な勝利にカナダ全土が酔いしれたことは、カナダの人々の歓喜、カナダのメディアを通して当然のことながら感じられることであった。バンクーバー・オリンピックは「カナダの成功」として語られているが、その成功は、ハイパフォーマンス・プログラムである “Own the Podium Program(以下OTP)”、カナダ・オリンピック・チーム、カナダのスポーツ・システム、そして連邦政府のスポーツに対する評価、今後の政策的・戦略的方向性を決定付けたといえる。

カナダは14 個の金メダルを含む26個のメダルを獲得。金メダル14個は冬季オリンピック史上最多である。バンクーバーは2003年7月2日のIOC総会で第21回冬季オリンピック・パラリンピック大会開催権を獲得、その後短期間でパフォーマンス・システムを確立し、4年間で総額CAN$1億1700万をOTPに投資した。その継続が大会前から問われるなか、3月4日(木)の連邦政府予算発表にて、2年間で$4,400万の投資が確約される。バンクーバー大会終了により政府と民間資金が枯渇するため、OTP は大会開催前より年間CAN$2,800万の投資を要求しており、要求額より減額となっているが、連邦政府予算が大幅に削減された2010年度予算を考慮に入れると、格段な予算配分となった。

「カナダのゴールデン・ゲーム」:国家としての勝利

バンクーバー・オリンピックを総括すると、「カナダの国家としての勝利」であった、という見方が強い(注1) 。それは次の点におけるダブル勝利として集約されるだろう。

1. カナダの代表チームのパフォーマンス:エクセレンス
2. バンクーバー・オリンピック大会の成功:積極的なアイデンティティー形成

本大会における誇るべき最高のパフォーマンスが、カナダ人自身のアイデンティティーの再構築を促し自己意識を変革し、それらが相乗効果を生み出し、バンクーバー・オリンピックの成功に導いたと見ていいだろう。

カナダの国旗「メープルリーフ」

隣接国家であるアメリカ合衆国の存在があるカナダは、常に主義主張をせず控え目で「いいやつ」でいることがその特徴として考えられ、カナダ人自身も受け入れていたと一般的に考えられている。スポーツのフィールドでは、「参加することに意義がある」という意識や態度と、なぜかもたらされたメダルに対してその価値を公に語らない文化があるとされていた。しかし、”No More Mr. Canadian Nice Guy”として可能性を極限まで求め勝利を欲し、カナダ人がカナダ人の成功を喜びとして共有し、そして世界に対してカナダの象徴である「メープルリーフ(国旗)」が掲げられることに対して誇りを持つことの意義を「我々の大会」で再発見 (re-discover) したという報道が多かった(注2) 。それは、自国開催のオリンピック(1976年モントリオール大会、1984年カルガリー大会)で一度も金メダルを獲得したことのなかったカナダが、大会3日目にフリースタイル・モーグルでアレックス・ビロドー (Alexandre Bilodeau) による初の金メダル獲得で弾みがつき、フィギュアのショートプログラムの1日前に母親を亡くしたジョアニー・ロシェット (Joannie Rochette) の素晴らしい滑りに人々が感動し、終盤におけるメダル・ラッシュに続く最終日の男子アイス・ホッケーの金メダルによって、カナダとしてのプライドが絶頂に達した。これが一般的な人々のバンクーバー・オリンピックに対する見方であると思う。このカナダの国家としての成功については、バンクーバー大会組織委員会(VANOC)の組織委員長であるジョン・ファーロング(John Farlong)による閉会式のスピーチで明らかであった。ファーロングは、「今夜カナダ人はより強く、より統合され、我々の国家をより愛し、よりお互いの結びつきを強くしたと感じているだろう…国を愛するという美しい想いがカナダ全土で旋風を巻き起こした」とし、アスリートが自身の可能性を最大限に発揮しようとするスポーツの精神を知り、世界の舞台での勝利を感じたことで「過去とは違う現在のカナダ」が生まれたことを知ってほしいと述べた。

一方で、「過去のカナダ人意識」を改革するためのプロジェクトの代表が、”Own the Podium” プログラムであったといえる。OTPはバンクーバー・オリンピック大会で最大のメダル獲得数を得るという目標を明確にしたハイパフォーマンスの戦略プログラムである。大会前はカナダ代表のパフォーマンスに対する期待と不安の声がかなり挙げられただけでなく、世界のスポーツ勢力を尻目にカナダが「表彰台を占拠する」といった捉えられ方がされ、OTPは「カナダ人らしからぬ (un-Canadian like)」、「傲慢(arrogant)」、「非現実的(unrealistic)」だとして揶揄、批判された。筆者は世界のハイパフォーマンス・プログラムについてある程度の知識を持つが、これほどまでに一般の人々がOwn the Podiumという言葉を知り、その是非について語ったプログラムを知らない。ちなみに、大会期間中を通してOTPへのサポートは90%超であった。本プログラムを立ち上げたCEOは、大望を抱きカナダとして目指すべき目標を「大々的なステートメント(bold statement)」として、Own the Podiumが創設されたと強調する。このプログラムは大会期間中、そして大会後もシンボリックに取り上げられ、スポーツのコンテキストだけでなく、カナダの経済やビジネスモデル、そして個々の成長のための教育や様々な文化プログラムとして応用されるべき国家としての成長モデルとして語られている。

一般市民の誇り

“Go Canada Go” があらゆるところで掲げられ、また道端で叫ばれ、カナダのオフィシャル・ユニフォームを身にまとった一般市民がバンクーバー市内では溢れていた。また、バンクーバーだけでなく、カナダ全土で「カナダ人であることを誇りに思う」と公に述べること自体へ驚きと、喜びを共有している場面に何度も直面した。通常ケベックとしてのアイデンティティーが強いモントリオールにおいても、それは同じであった。バンクーバー・オリンピックは、一般市民がカナダの国家として自信と誇りを得た絶好の機会であったことは間違いでないだろう。

バスに点灯表示された"GO CANADA GO"

バスに点灯表示された"GO CANADA GO"

(注1)
例えば、全国紙のThe Globe and Mailは “Canada’s golden Games” (2010.2.28)、National Postは”Gold-medal nation” (2010.3.1)とした論説を展開。

(注2)
例えば、The Globe and Mailは”NEW PATRIOT LOVE”というヘッドラインで、カナダ全土のお祭り的感覚と喜びに直面し、「国を得た感覚だ」とした (2010.2.27)。

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