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2016年東京オリンピック・パラリンピック招致を振り返る

2009 年 12 月 5 日


執筆:結城和香子(読売新聞運動部次長)

国際オリンピック委員会のコペンハーゲン総会。ロゲIOC会長がカードを回転させると、リオデジャネイロ陣営が雄たけびを挙げた。勝利都市記者会見で愛国歌が飛び出し、ルラ大統領が感極まって泣き出す。記者席で、ブラジル流で表現される「五輪開催の重み」に感じ入りながら、ふと思う。東京が座っていたら、どんな思いで見つめていたろう–。

後知恵は素晴らしいもの。2012年ロンドン五輪招致を勝利に導いたコー氏が、皮肉も込めてそう言っていた。IOCを担当した15年間、招致取材は何度も経験したが、確かに、結果が出てからの批判は容易だ。ただ、今回東京が努力を傾注し、計画や都市力では高い評価を得ながら、IOC委員の心をつかめずに終わった事実は、しっかり把握しておくべきだろう。東京、広島・長崎と、次回への布石が打たれつつあるならなおさらだ。

2008年の一次審査で開催能力のトップ評価を受け、09年2月には純日本調の立候補ファイルを提出した東京。この段階ではシカゴが最右翼で、能力面で東京が続くと見られていた。しかし翌3月、デンバーで開かれたIOC理事会・国際競技連盟関連会議の場で、初めて4招致都市がロビイングと招致演説を展開する場を取材し、「心をつかむ力」の差の大きさに、私は最初のショックを覚えた。

日本の記者である当方にも、向こうからインタビューを依頼し、南米初開催の意味と五輪運動にとっての意義を、ヌズマン招致委会長自らが熱く語りかけてきたリオ。未整備の社会インフラや巨額予算、14年サッカーW杯開催など、弱点とされた点にも、国際専門家やブラジル銀行総裁まで引き出し、真っ向から議論を挑んだ。招致演説でも話題をさらい、直後の記者会見には最も人が詰めかけた。ジョークを連発する知事ら、ブラジル的人間味も全開。考えてみればIOC委員にも、さまざまな経歴があり、リオに良い先入観を持つとは限らない。途上国開催のリスクや、巨額予算を支える財政面への疑問を抱いていた自分をして、なるほどと思わせてしまう大義と人間味は、今後怖い存在になる。そう感じた。

3月のIOC理事会では、米国五輪委とのテレビ放送権料等収入分配の議論が一触即発となり、シカゴ陣営は防戦一方。しかし、つけ込むチャンスと思いきや東京は、政府保証と不況に強い財政力をアピールするだけで、弱点とされた「(北京五輪に続く)またアジア」という見方に対する効果的な議論や、弱点を上回る「なぜ東京」を打ち出せないまま。海外記者の出席が最も少ない記者会見で、最も淡泊な受け答えで終わってしまった。

この時受けた各招致都市の印象は、その後6月にスイス・ローザンヌで行われたIOC全委員に対する招致演説、8月のベルリン世界陸上と、増幅こそすれ変わらなかった。ちなみにローザンヌでは、招致演説後の質疑応答で、IOC委員の関心を最も集めたのはリオとシカゴ。しかしリオが、建設的な質問を多く受けたのに対し、シカゴには懐疑的なそれで、印象の賛否が割れた。東京はマドリードと並び、質疑は最も短時間で淡泊。本命視されていないのが浮き彫りになった。

次のショックは、9月2日に公表されたIOC評価委報告書だ。55.5%の支持率などが「懸念」と厳しく断じられた東京に対し、同じトーンならさぞかしインフラ整備や散在する競技会場が斬られるだろうと思ったリオには、課題の指摘と対策への期待の併記に終始。南米初の五輪に対し「リスクはあるが、賭ける価値はある」とのお墨付きを与えた内容だった。最後の溝が埋まった、そう感じた。

東京のために言えば、東京は実は4都市中、ロゲ体制下での前回の招致体験を持たない唯一の招致委だ。12年で敗れたマドリード、ニューヨーク(米国五輪委)と、12年の一次選考で敗れたリオに比べ、東京は経験の浅さを、過ちから学ぶことでカバーして行った。実際、3月のロビイングやメディア対応、6月の招致演説での失敗を、良くその後に生かした方だと思う。最後の1か月半は、ロビイングの熱意もつかみ、日本オリンピック委員会の竹田会長ら「顔」も出来つつあった。選手が軸となって声を上げ、国際的に訴えられるようになったことも収穫だった。しかし、ロゲ体制下の夏季五輪勝利都市、ロンドンとリオに比べ、明白に異なる点もいくつかあった。

一つは、五輪運動やIOC内部を良く知る者が招致を率い、国内五輪委などスポーツ界が軸となって、勝つために最善の戦略を決められる体制とは言えなかったこと。元五輪金メダリストのコー氏と、英国五輪委のリーディー前会長(IOC委員)らが軸となったロンドン。ブラジル五輪委会長でIOC委員のヌズマン氏が率い、各委員を何度も個人的に訪問したリオ。リーディー氏は以前、「過去の失敗から我々は、英国五輪委が招致を率いる必要があるとの結論に達した」と語っていた。結局IOC委員には、五輪運動や選手のためという見方を通し、顔の見える信頼関係の上で訴えないと、環境対策も財政力も十分なアピール力を持ち得ないのだ。

今ひとつは、政府の熱意と支援。リオは、ブラジルのルラ大統領が、2年前から積極的に招致に関わり、個人的に全委員に手紙を書いたり、五輪準備を最優先するための法律を策定したりした。ロンドンも、現地に乗り込んだブレア前首相が、政府の全面支援と熱意を訴えたのが奏功した。オバマ大統領が乗り込んだシカゴが初戦敗退したことを考えると、結局カリスマ性のある指導者がいても、熱意に疑義がある場合は効果は低いということだ。

最後に、一般国民の理解と支援。1国の政府の熱意が、国民による五輪開催への支持を汲んだ結果、生まれることは間違いない。何故今五輪を開きたいのか、五輪開催は有形無形の何をもたらすのかという議論を深め、人々の関心と支持を高めていく。それが、次の招致を考える時、まず踏み出すべき一歩となる。

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