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2016年オリンピック競技大会東京招致実現せず:弾丸応援ツアーに参加して

2009 年 10 月 25 日


執筆:舛本直文(JOA理事・首都大学東京教授)

紅葉の始まったコペンハーゲンの市庁舎前広場のパブリックビューイング(PV)会場は2016年オリンピック競技大会開催候補4都市の応援団とコペンハーゲン市民で埋まっていた。第121回IOC総会の前半のクライマックスである開催都市決定アナウンスセレモニー。大観衆が固唾を飲んでロゲ会長の発表の映像を見守る。ロゲ会長がオリンピックシンボルマークのついた封筒を開け、「リオデジャネイロ!」と読み上げた瞬間、市庁舎前のリオの応援団が歓喜の声をあげて大喜びするとともに、リオのコパカバーナの特設会場の大応援団が歓喜する様子も大画面に映し出される。サッカーの王様ペレがルーラ大統領など招致メンバーと抱き合って歓ぶ姿が印象的であった。先ずはリオに「おめでとう」のエールを送りたい。また、東京の招致関係者にも「よくやった、ご苦労様でした」と申し上げたい。そして、弾丸応援ツアーに参加したJOAの会員諸氏にも「お疲れ様でした」と言いたい。

1. 始めからリオありき

この2016年オリンピック大会の招致レース、振り返ると端からリオありきであったといえる。5大陸中でオリンピック未開催はアフリカ大陸のみであるが、実はアメリカ大陸のうち南米は未開催であった。(リオの最終プレゼンで世界地図に南米で未開催であることを訴えたのは、強烈なインパクトがあったに違いない。)そのため、昨年の7立候補都市を絞る段階で技術的評価が5位であったリオを開催候補4都市に残したこと、今年9月の評価委員会の評価レポートで最高の評価を得たこと、また南米初のオリンピック開催を希望していたロゲ会長の思惑を組み、おそらくアフリカ大会開催を夢見るモロッコのムタワキル評価委員長など、IOCの総意が元々リオに好意的であったといえる。昨年の立候補段階で5位評価の招致計画が今年になってにわかにトップ評価になるまでに改善されることは想像しがたい。リオが抱える問題点として、中でも治安の悪さやインフラの未整備の問題は大きく報道されていた。また、2014年サッカーW杯の影響で経済が疲弊する可能性も指摘されていたのである。それにもかかわらず今回の選択によって、IOCは2014年のW杯の経験が好結果をもたらすと想定してリオの可能性にかけたことになる。これはある意味では、IOCはリスク覚悟でリオに賭けたのであり、IOCの一種の冒険やチャレンジであるとも言えなくもない。おそらく、ムタワキル評価委員長をはじめアフリカ諸国は「次は自分達の国での開催を」と意気込んでいるに違いない。

2. 東京招致の弾丸応援ツアーに参加して

10月1日深夜、ANA特別便のジャンボ機で東京オリンピック・パラリンピック招致応援団約250人が羽田からコペンハーゲンに向かった。松木、森末両団長の他、応援に借り出された都庁職員約70名、JOAの会員も7,8名参加していた。2日未明にコペンハーゲンに到着する。現地ホテルで結団式を挙行した後、冷たい雨が降りしきる中、東京招致団が最終プレゼンテーションのためにホテルを出発するのを見送るため、我々応援団は沿道に並んで声援と皆のパワーを送った。その後、市庁舎前広場のPV会場で日本のプレゼンを見ながら声援を送ったが、残念ながらツアー企画のため、オバマ大統領夫妻のスピーチなど他都市のプレゼンの様子を見ることができなかった。

さらに実は、ツーリストの時間把握ミスによりPV会場に到着が5分遅れたため、東京のプレゼンのサプライズであった冒頭部分の三科嬢の登場の場面に間に合わなかったのである。これは返す返すも本当に残念であった。しかし、東京のプレゼンは応援団には結構好評であり、各パートで応援団は大声援を送って見守った。しかし、個人的な感想を言えば、東京のVTR映像がIOC委員をわくわくさせられるものであったかと言えば、残念ながらそうとも言えなかったであろう。また、この映像がIOC委員に投票させるまでインパクトがあったかといえばどうであろうか? 日本の禅カルチャーのような白黒映像や昔の子どもたちのスポーツ活動映像、ラストの世界の子ども達の遊ぶ様子の映像などで一体何を訴えかけることができたのか? 環境保護と平和への貢献というメッセージがきちんと伝わったのかどうか? いささか心配な点も見受けられた。これはある意味で2010年から始まるユース・オリンピック大会招致向けのような映像だといえなくもないと思われた。

夕方、IOC総会における投票の様子を見守るため弾丸応援団は再度市庁舎前のPV会場に向かった。ステージ上では地元の子どもたちによる器械体操や新体操、創作ダンスやバブルダッチなどのパフォーマンスが続いている。彼らには発表のいい機会であるが、女の子が多いのは一体なぜだろう? あたりには4都市の応援団も徐々に集まり気勢をあげている。ステージに司会者が登場し、IOC総会の投票会場の様子も映し出される。しかしながら、突然会場はロックコンサートの会場に早代わりしてしまった。大スクリーンもコンサートの映像に切り替わり、そのため第1回目の投票でシカゴが落選したことはPV会場のスクリーンには映し出されなかった。我々がそのことを知ったのは、メディアによる情報からであった。大人気のオバマ夫妻が駆けつけてシカゴの応援をしたにもかかわらず、最下位という結果に皆が大いに驚く。今回、IOC委員は招致活動に政治的な関与を嫌う方向を強固に示したのかもしれない。2012年大会招致合戦におけるブレア首相対シラク大統領、2014年冬季大会招致のプーチン首相など、これまで大物元首たちによる招致のロビー活動が展開されてきており、今回も4カ国の元首がコペンハーゲンに乗り込んでいたからである。

さて、PV会場はまるでロックコンサート会場の様相を呈している。投票の様子がスクリーンに映し出されないため、シカゴに続いて東京が第2回目の投票で落選したこともメディアから伝わる始末である。スクリーン映像ではないので、さざ波のように徐々に落胆の波が東京応援団に広がっていく。その後、松木、森末ら東京の応援団長は早々に引き上げていったが、間寛平とピカチューのぬいぐるみを着た学生応援団達はまた引き返して来て、その後の投票の様子を踊りながら見守っていた。

最終投票結果の発表を待つ間、各都市の応援団の若者たちはPV会場でピースサインを示したりして盛り上がり、世界は一つと言わんばかりに一緒になって歌い踊っていた。日本の若者たちがリオやマドリードの応援団と交流している様は、まさに東京のビジョン”Uniting our Worlds”を実践するものであったといえる。マドリードの応援団から東京に「2020年がんばれ!」とエールが送られる。IOCのいうオリンピック価値とは「エクセレンス、フレンドシップ、リスペクト」の3つの価値である。東京応援団長もリオやマドリードに対してリスペクトしてエールを送れるようなオリンピック運動の応援団であって欲しかった。マドリードは最終投票で破れた後、リオにエールを送っていた。「すばらしい大会を祈る」と。

いよいよ最終発表。ステージ上に4カ国の子どもたちが自国の国旗の小旗を持って登場し、最後の投票結果の発表を見守っている。日本の子ども達は浴衣姿のようである。その後、スクリーンにロゲ会長による最終投票結果発表のセレモニーの様子が映し出される。ロゲ会長がオリンピックシンボルが描かれた封筒から紙を取り出して厳かに読み上げる。「リオデジャネイロ!」。最終投票は地すべり的にリオの圧勝であった。PV会場はリオの応援団の歓喜に包まれた。ステージ上でもブラジルの子ども達が大喜びではしゃいでいる。マドリードの応援団は落胆し、明暗を分けた。

この後もPV会場ではロックミュージックが続き、人々が踊って喜びを表す祝祭ムードの中、我々はリオの応援団に「おめでとう」の声をかけてPV会場を後にした。残念会の会場であるホテルにバスで向かったのである。

残念会の会場には石原知事も駆けつけ、敗戦の悔しさや無念さを吐露する。さらに、東京の応援団に対して感謝とねぎらいの言葉をかけ、招致委員会のプレゼンチームとしては全力を尽くした最高のプレゼンテーションであったと自負していた。猪谷千春、岡野俊一郎の両IOC委員も駆けつけ、招致活動の難しさや力不足を詫び、次回への意欲を見せるスピーチもあった。3日の帰国フライトの機内でも、石原知事は機内を一周して弾丸応援ツアーの参加者に感謝の言葉を述べて回った。目にはうっすらと滲むものが見られた。

3. オリンピック招致活動のレガシー

今回の招致失敗を受け、今後、おそらく招致活動の敗因の分析や総括が行われるであろう。150億円もの招致活動費用の使途も公開されていくに違いない。しかし重要なことは、今回の招致活動が一体どのようなレガシーを日本のオリンピック運動に遺すことができたか、この検証と活用が必要であろう。それが2020年を含む今後の招致活動にもつながって行くことになるはずである。

「オリンピックとは何か」、このことが都民にどれだけ理解されていたのであろうか? 世論の支持率が低いことが東京の弱点であるとされた。それは、オリンピックの真の意義が「スポーツを通して心身ともに調和の取れた若者を育てるという教育思想であり、それがひいてはより良い世界の構築に貢献する平和思想である」ということが十分理解されていないせいかもしれない。そのためには今後、東京都教育庁を中心としたオリンピック教育の展開、嘉納治五郎記念国際オリンピック研究・交流センターの活動など、教育面のレガシーが十分機能していく必要がある。都民へのオリンピック教育やスポーツの普及活動も重要な課題である。そうしないと、いつまでたってもオリンピック競技大会やメダルにしか関心のないイベント主義のオリンピック愛好家であって恒常的なオリンピック運動には全く関心のない都民を再生産し続けることになりかねない。これはさらに、全国レベルのオリンピック教育へと広がっていかなくてはならない。学習指導要領の改訂に伴い、教師研修と教材開発も急がれねばならない。

また、カーボンマイナスなどに配慮した環境オリンピックの構想も実現して欲しい環境面のレガシーである。「10年後の東京」構想が志向する環境への配慮は、今回の招致計画によっても大きな意識変革や行動のきっかけとなったはずである。

さて、2020年大会の招致に向けては、今回の招致活動の検証を踏まえて再検討されるであろうが、今回の招致活動から生まれた様々なレガシーを無駄にしてはならない。リオやマドリードが見せたような何回にもわたる連続の招致活動のみならず、都民や国民が継続的にオリンピック運動を支援し続けていけるような姿勢をはぐくむことが重要なのである。

今回、2016年オリンピック開催のための基金が4000億円積まれているとされるが、それを今回蓄積された様々なレガシーの継承とその更なる発展のために活用する道を考えて欲しいものである。

(付記:本報告は10月06日付「都政新報」の記事を元に加筆したものである。)

PV会場の東京応援団(ピカチュー隊も)

PV会場の東京応援団(ピカチュー隊も)

リオ決定の瞬間(ステージ上の各国子ども達)

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PV会場のスクリーンにはロックコンサート。投票は映し出されない

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