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「IOCスポーツ科学教育研究プロジェクト」の紹介

2010 年 3 月 11 日


執筆:渡部和彦(広島大学名誉教授)

バンクーバーオリンピックは、多くの感動を人々に与えて終了しました。我が国はじめ各国選手の活躍は、最新の撮影技術を駆使した臨場感あふれるTV画面から迫力ある映像として提供されました。長く記憶に残ることでしょう。

ここでは、長野オリンピック(1998年)からスタートした、「IOCスポーツ科学教育研究プロジェクト」について、このプロジェクトの経緯と最近の活動について簡単に紹介し、関係の皆様方のご理解とご協力をいただければと思います。

IOC医事委員会はドーピング検査の元締めの委員会として有名ですが、ほかにも、「IOC医事委員会バイオメカニクス&スポーツ生理学専門委員会」の研究プロジェクトがあります(1984年ロス五輪から)。これは、オリンピック参加選手を怪我や障害から守り、最高のプレイができるための科学的資料を得ることなどがその目的です。このプロジェクトは、冬季オリンピックも含め継続して行われました(シドニーオリンピックまで)。長野オリンピックでは、7種目9研究課題について、世界各国のバイオメカニクスの専門家チームによってそれぞれの競技会場にカメラを入れて実施されました(フリースタイルスキー、スピードスケート、ショートトラック、アルペンスキー、スキージャンプなど)。筆者(渡部和彦)は、NAOC代表としてこの研究プロジェクト全体のお世話をしました。

さて、長野オリンピックでは、この研究プロジェクトとは別に、「スポーツ科学教育研究プロジェクト」を立ち上げました。この研究プロジェクトの目的は、オリンピックを見に来る子供たちをはじめ、一般参加者、市民を対象に、オリンピックというスポーツ界最大のイベントに因んで、最新のスポーツ科学の知見をできるだけ分かりやすい形で、広く伝達・普及しようとするものです。オリンピックの競技を見る人が、単に勝ち負けではなく、すぐれた競技選手のプレイに対して、より深い理解が得られると考えました。また、オリンピック会場に来られない人々にもスポーツやスポーツ科学の素晴らしさについて理解していただき、また日常の健康や障害予防等に関する知識についても理解を深めていただきたいとの思いから行われました。

このような考えを具体化する方法に悩んでいたとき、ヒントを与えてくれたものがあります。それは、リレハンメル大会のスキージャンプ会場に設置された大型の電光掲示板が目に入った時のことです。実は、前述の「バイオメカニクス&スポーツ生理学専門委員会」の研究プロジェクトの準備のため、筆者は、リレハンメル(1994)とアトランタ(1996)のオリンピック大会に行き、全ての競技会場を訪問し研究関連の事前調査を行いました。リレハンメル大会では、スキージャンプ会場に設置された大型の電光掲示板には、たまたま冬をモチーフにしたシンプルな静止画像が提示されていました。この掲示板を使って選手の技術のすばらしさや、なぜこの選手が金メダルで他の選手が銀や銅メダルかなど、合理的な説明ができれば、選手たちの努力が報われると共に会場の観戦者にとっても意義深く、楽しいのではと考えました。
このような考えを長野オリンピックの際に実現してみたいと考え、IOC医事委員会委員長(IOC副会長)のプリンスメロード(Prince de Merode)氏に提案することにしました。アトランタオリンピックの期間中、米国のネルソン教授に励まされ、マリオット・マルキュースホテルのIOCの執務室に呼ばれ、二人だけの会談で説明を聞いていただき、アドバイスもいただくことができました。そこで、IOC医事委員会のプロジェクトの一つに位置付けていただくことができました。

長野オリンピックでは、電光掲示板ではなく、効果的なパネルとビデオの形式で、「スポーツ科学教育研究プロジェクト」をスタートさせることができました。

ビデオとパネルによるスポーツ科学関係の紹介は、一般参加者、市民、児童・生徒に供覧されました。展示場所は、アクアウィング(アイスホッケー会場)、長野市役所、長野市内の小・中学校4校を巡回(大会期間中)。県内の小学校406校、中学校196校のすべてに、教育委員会を通じてビデオを無料で送付しました。アンケート調査の実施。

ビデオは、次の7つの課題について編集・制作されました。
①スキージャンプの科学、②クロスカントリースキーの科学、③ボブスレー・リュージュの科学、④アルペンスキーの科学、⑤スピードスケートの科学/スノーボードの科学/バイアスロンの科学

パネルは、28の課題について各課題1枚ずつ2組制作されました。展示会場は、エムウエーブ(スピードスケート会場)、長野市内の小中学校4校を巡回(大会期間中)。アンケート調査研究の実施。学校では、大学院学生が子供たちに対して、内容に関する解説を行いました。パネル内容について、28枚の内、3例ほど以下に紹介いたします。

パネルを見る子どもたち -長野市内小学校にて-

パネルを見る子どもたち -長野市内小学校にて-

(例)
①「なぜV字飛行は遠くまで飛ぶのか(渡部和彦:広島大学)」
②「ドーピングってなに?(鈴木紅、太田美穂、武藤芳照:東京大学)」
③「スポーツ競技選手の筋肉の特徴(石井直方:東京大学)」等など。
解説の要約は、英語記述。

最近の取り組み:プリンスメロード氏とは、その後シドニーオリンピックの際にもお会いし、励ましていただきました。残念ながら氏はその後病気で亡くなられましたが、我々は、プリンスメロード氏のご支援に報い、そのご遺志の継承として、国際的な展開を試みることにしました。その一つは、多言語による「スポーツ科学・健康教育情報」の発信です。まずは、アジア地域の子供たちに、インターネットを活用したスポーツ科学・健康教育に関する良質な情報提

供をしようと考えました。長野で用いたパネルの画像をカラー画像で接写し、留学生などの協力で、説明文を日本語から、英語、ロシア語、タイ語、韓国語、中国語へと翻訳作業を行い、国際学会(アジア運動スポーツ科学会議:ACESS)のHPから、その一部を各国言語にアクセスして、容易に引き出せるところまできました。

今後は、新しく動画なども加えたいと考えています。

パネル展示の風景 -エムウエーブにて-

パネル展示の風景 -エムウエーブにて-

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