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第16回アジア競技大会(2010/広州)を振り返る

2011 年 4 月 12 日

市原則之日本代表選手団団長(JOC専務理事)に聞く

聞き手:伊藤 公・山本尚子

第16回アジア競技大会(2010中国・広州。以下:広州アジア大会)の日本選手団団長を務められた財団法人日本オリンピック委員会市原則之専務理事に、今大会全体の総括や感想、日本代表選手団の様子、今後に向けてなどお話を伺いました。

 

アジア大会を格の高い大会として位置づける

まず、広州アジア大会の総括からお願いします。

市原 この大会は、2012年のロンドンオリンピックに向けての前哨戦と位置づけてはいましたが、まだ曖昧な部分があります。ほかの国際大会との兼ね合いもあり、最強の選手を送ることができなかった競技団体もあります。アジア大会は国費で派遣されるわけですから、そのあたりの格付けをきちんとしていかなければならないでしょう。

 モチベーションという面でいえば、オリンピック競技より非オリンピック競技のほうが高い傾向にあったことは否めません。非オリンピック競技の選手たちにとっては、一番グレードの高い大会になりますからね。ただ以前と異なり、オリンピック競技の選手たちも、アジアで勝たなければオリンピックへはつながらないということを理解するようにはなってきました。

 成績でいえば韓国には追いつきたいと思っていましたが、残念ながら達成できませんでした。また今大会はイラン、インド、カザフスタン、ベトナムといった新しい勢力がたくさんメダルを獲得しました。また36もの国と地域がメダルを獲得しました。これはこれまでで最も多く、アジアのスポーツの裾野が広がってきたという意味では、いい傾向だといえるでしょう。(下表参照)

上位10カ国のメダル獲得数(アジア大会最終成績)
  国・地域
1  中国 199 119 98 416
2  韓国 76 65 91 232
3  日本 48 74 94 216
4  イラン 20 14 25 59
5  カザフスタン 18 23 38 79
6  インド 14 17 33 64
7  台湾 13 16 38 67
8  ウズベキスタン 11 22 23 56
9  タイ 11 9 32 52
10  マレーシア 9 18 14 41

 日本は、1,078人という大選手団を送り込みました。アジア大会の直前には、尖閣諸島の問題がありましたが、我々は過剰反応はせず、一人ひとりが末端の外交官なのだという自覚を持って、粛々と臨み、無事に帰国できたことに安堵しております。

 どの試合も、最初からアウエーといいますか、常に日本の対戦相手に大声援が送られる状況でした。例えば女子サッカーの決勝は、北朝鮮との対戦でしたが、はじめはスタジアム全体が相手への応援一色でした。しかしスポーツが素晴らしいなと思ったのは、日本の選手たちはファイティングスピリットを持って、フェアプレーの精神で堂々とした戦いを繰り広げました。すると次第に、日本に対して拍手をする観客が出てきて、最後にはフレンドシップを生み出してくれたのです。

フェアプレー、ファイティングスピリッツ、フレンドシップ。私はこれを3(スリー)Fと呼んでいます。女子サッカー以外の競技においても、逆境の中で戦い抜いた日本の若者たちを、我々は誇りに思います。

 

最強の選手というお話がありました。具体的に挙げれば、女子バレーボールや男子体操がベストなメンバーを派遣することはできませんでしたね。

市原 バレーボールは、男子はベストメンバーでみごとに優勝をしてくれました。女子は世界選手権のあとにリーグ戦があり、ベストメンバーを派遣できませんでした。

国は7年前から、「競技強化助成・トップリーグ助成」という助成事業で、団体ボールゲームの強化のために各リーグに予算をつけているのです。私が専務理事をやっている日本トップリーグ連携機構という組織がありまして、その加盟リーグにトータルで年間1億6000万円の予算をつけていただいております。それは各リーグの活性化のためというよりは、各リーグの選手強化に充て国際舞台へいい選手を送り込んでくださいという趣旨の予算です。それなのに、国際大会よりもリーグ優先になってしまうというのは、少し残念に思うところです。

 

最近のアジア大会を見ていると、どこもまさに国威発揚の場となっていてすごいですね。中国や韓国はまさに全部トップクラスを送ってきているわけでしょう。

市原 そうです。大会中に韓国の団長、副団長と、昼食をとりながら情報交換をする機会があったのですが、そのときにはっきりと言われました。「韓国は日本よりも精神力で勝っている」と。実際、どこが違うかといえば、具体的には金メダルを獲得すると兵役を免除し、年金をうけられるからだと。

 中国はまさに、「国の力を世界に見せつけるにはなんといってもスポーツから」という意気込みがうかがえ、各省にトレセンがあり、国を挙げてスポーツをバックアップしています。また実際、各競技場には中国だけでなく、各国の大臣や副大臣、副大統領までも応援に来ていました。そのあたりは日本とはずいぶん違うわけですよね。

 ただ日本にはまだ生かし切れていないポテンシャルがあるはずです。決勝まで行っているのに中国や韓国に競り負けてしまったケースがずいぶんありました。ここはなんとか精神力を鍛え上げて潜在能力を出し切れるようにすると、メダルの数や色もずいぶん違ってくるでしょうね。

 

国策として取り組む

日本は、サポートの面で国が理解を示してくれるとはいいながらも、スポーツ行政の面から見るとまだまだ力の入れ方が足りないなあと思うのですが。

市原 スポーツというのは普遍のものであって、政権が変わっても関係なく、国の責任としてやっていってもらいたいとは思いますね。国際大会は国別対抗戦で、選手は国家を背負って戦っているわけですからそうでなければ選手たちが不憫ですよ。国ぐるみで体系を整えてバックアップしてもらいたいという気がしますね。

やはり国の政策として、国策でということでしょうね。

市原 はい。アジア大会だけでなく、国際大会の招致においてもそうですね。例えば2018年のサッカーW杯招致では、韓国は日本よりも積極的なロビー外交で票を取っていました。

たしか韓国は官民一体となり、国や企業が一緒になってスポーツを支援しているようですよね。大統領令でスポーツ選手にお金を出せるシステムもあるとも伺いました。そのへんの違いは大きいでしょうね。
 
ロンドンオリンピックへのステップ、前哨戦として見た場合はいかがでしたか。

市原 2004年のアテネ大会では2000年に策定されたスポーツ振興基本計画を受けて、JOCがゴールドプランを作成し、その勢いで16個もの金メダルを獲得できました。しかしいま思えばあれはバブルだったかもしれないですね。アテネ大会を基準にして、世界の5位、そして3位と計画を立てましたが、北京大会や今回のアジア大会の成績はこれが今の日本の本当の力なのだと謙虚に受け止め、アジア全体の競技力も近年著しく向上していますので、原点に帰ったほうがいいかと思っています。

 それを考えると、多くのメダル獲得が期待される競技に的を絞った今のマルチサポートも、スポーツ行政としてこれでいいのかという思いはあります。マルチサポートに入っていない、団体ボールゲームは大勢の人数で戦ってもチームで一つしかメダルは取れません。でも団体ボールゲームにはドラマがあり、たくさんの素晴らしいスポーツマインドあるのです。

アテネのときだったか、市原さんが「チームゲームは選手団の志気に与える影響が大きい」とお話をされていたのを覚えています。

市原 そうなんです。ボールゲームは予選から決勝まで毎日のように試合をして、メダルを取るまでに長い日数がかかります。しかしそうしていくうちに、チーム内のコミュニケーションが醸成され、チームも各人も少しずつ成長し、それがドラマ性を生み出し、国民の感動を呼ぶのですよね。そういう意味でも、スポーツ振興を考えるときに、チームゲームの頑張りというのは大きいのです。

今大会に関しては、チームスポーツはよく戦ったように思いますが。

市原 今回、チームスポーツで好結果が出たのは、トレセンで寝食を共にしての強化が実りつつあるということだと思います。怒りも苦しみも楽しみも分かち合い、心のつながりが生まれているのです。まさにチームワークの向上ですね。

 

では、情報の面から見てどうだったでしょうか。

市原 少し精度が低かったという感じがしています。JOCの中に情報戦略の部門があるのですが、集めている情報は現地で収集したものは少なく、インターネットや、世界ランクはこうだからと数値を分析したデータが多いのです。

海外にアンテナを張り巡らしての生の情報とは若干ズレがあるのですね。

市原 はい。最近、あの選手は故障したらしいとか、プライベートで少し問題を抱えているといった生きた情報ではない。「無名だけどこういう選手がいるらしい」といった情報はそれではなかなか入ってこないのです。でも中国や韓国は、そういう情報を上手に集めているので、日本としてもそういった情報収集にもっともっと入り込んでいかなくてはならないでしょう。

 その一方で、日本は、多数の企業がスポーツをサポートし、国の強化費は少ないけれども、企業に支えられている選手は多くいます。そうした選手は国のためより、企業のために頑張るわけですが、これが国の費用であれば「国の代表なのだから国のためにがんばる」という誇りがもっと生まれてくるはずです。今まで日本のトップスポーツ選手は、大学や企業に支えられていた面が大きくあります。そこのスタンスをなんとか「国」が主体となれるよう変えていくべきだとは思っているのですが。

 

フェアプレー、ファイティングスピリッツ、フレンドシップ

いまゴールドプランのほうはどうなっているのですか。

市原 スポーツ庁の設置を望んでいます。スポーツ選手の環境整備が大きな課題で、選手のセカンドキャリアについての活動などもしています。安心して競技生活を続けられるように、一つは各企業に選手を抱えてもらえるよう経済界の人に協力をしていただいて説明会を実施しています。

 もう一つは選手が企業で使い捨てにならないよう、企業内でセカンドキャリア教育をしてもらいたいと考えています。現役のうちはほかの人よりも就業時間が短くなる。その分、勉強をして何か資格を取りなさいといったように企業との連携も大切ですね。

市原さんが所属していらした湧永製薬ではそういうことをされていたそうですね。

市原 前オーナーが熱心な方でしたので、スポーツをやった後の人生が大事だということで、いろいろな勉強会がありました。スポーツの技術面だけを磨いていくのではなく、社会人として、企業人としての部分でも成長する必要があるということですね。

 

市原さんのような実業界出身というキャリアをお持ちの方は、JOCの理事の方の中でも数少ないと思います。市原さんもいずれリタイアされる時期が来るわけですが、実業界で培った見識や考え方を踏襲させていっていただきたいですね。

市原 JOCの中で、実業人は私だけではありませんが、JOCの職員の皆さんにも実業人的な感覚をもっていただければならないと思います。我々理事は任期ごとに入れ替わっていきますが、職員の方は定年までいるわけですから、プロフェッショナル意識をもっと持っていただく必要があると思います。そこで2010年から職員研修会を始めました。現在は国民の目線は厳しくなり、我々も職員も競争原理を導入し、社会性を持って、サービス業のような気持ちを持って仕事に臨んでいかなければなりません。そして、競技団体の皆さんと良い連携をとりつつ、仕事をする。すなわち「現場主義」で行動していくということですね。

 

今回、日本代表選手団は大人数でしたが、「チームジャパン」として見た場合、まとまりについてはいかがでしたか。

市原 「チームジャパン」については、アテネ大会のころから、特に指導者に対して、口を酸っぱくしてチーム意識を持つようにと言っています。ですから、チーム内連携は非常によくなっていますし、今回もよかったと思います。競技が終わった選手が、ほかの競技の応援に行くケースも多くありました。

チーム内連携の基本は、「あいさつ」です。チームジャパンの選手同士、顔見知りでなくてもあいさつをする。そうすると、そのあいさつの輪がボランティアの皆さんに広がり、そこから今度は地元の中国の人にも広がりといったように、あいさつの輪が広がり、そこからチームジャパンの大きな支援体制ができるという経験をしました。

 

バンクーバー大会やユースオリンピックのときに実施したような、オリンピック教育のための集合研修「ビルディングアップ・チームジャパン」は今回はなかったようですが、ロンドン大会や今後に向け、オリンピック教育の方向性はどうなっていますか。

市原 オリンピックでは、残念ながらドーピングやレフェリングなどの問題が生まれています。そんな折りですので、私は「偏った選手をつくってはいけない」と考えています。先ほど私は「スリーF」のお話をしました。スポーツの原点であるフェアプレーの精神を持ち、常にファイティングスピリッツで全力を尽くして戦い、勝者に対しても敗者に対しても敬意を忘れない。そこからフレンドシップが生まれ、感動を呼ぶと。そういう精神の寛容さを持った人間となるための教育が重要ですね。

その意味で、選手たちにはまだオリンピック教育が足りないのではないかと思うのですよ。やはり、「ビルディングアップ・ジャパン」で実施したような教育の場が、オリンピックでもアジア大会も必要だと思いますね。人数が多くなると大変ではありますが、ユースオリンピックのときのように結団式の機会を使ってもいいですしね。そういう機会が多くあればいいと思います。

市原 そうですね。そして一番のポイントは指導者でしょうね。選手へももちろんですが、まず指導者にしっかりオリンピック運動について理解を得る必要性を痛感しています。そのために今JOCでは、日本代表としての品性・資質を兼ね備えたトップコーチを育成する「JOCナショナルコーチアカデミー」を実施しています。

JOCの、そのような新しい試みにも期待しています。お忙しいところ、どうもありがとうございました。

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