ジーン・サットン博士
〔第10回NOA理事者セッション(2009年5月6~13日)ギリシャ、オリンピアにおける故ジーン・サットン博士の講演〕
はじめに
本稿では、ユースオリンピック競技大会(YOG)において国内オリンピック委員会(NOC)と国内オリンピック・アカデミー(NOA)が果たす役割、YOGに課せられた任務と組織の概要及び大会のスポーツ、教育、文化の各プログラム、YOG、NOC、NOAそれぞれの目標、戦略的方向性、課題を比較し概説する。最後に、NOC及びYOGに対するNOAの役割の拡大について提案を行いたい。
1.世界の若者をオリンピック・ムーブメントに関わらせる
(1)ユースオリンピック競技大会(YOG)
ユースオリンピック競技大会の開催は、オリンピック憲章に掲げられたIOCの使命、すなわち「オリンピズムを世界中に広め、オリンピック・ムーブメントを指導すること」に応える絶好の機会であることは間違いない。
ジャック・ロゲIOC会長は次のように語っている「ユースオリンピック競技大会の創設は、今日と未来の若者に対するIOCのコミットメントが言葉だけに終わることなく実行されようとしていること、そして、オリンピック競技大会の精神に基づき、若者独自のイベントが若者自身の手によって提供されようとしていることを示している。YOGは、若きアスリートたちの健康を守るべく慎重に選ばれた競技種目による、まさに若者のための革新的な競技大会となるのみならず、聖火リレーや賛歌、旗といったオリンピック・シンボルにより、若者達を奮い立たせる大会となるだろう」
IOCは各国のオリンピック委員会がオリンピック競技大会と全く同じ役割を果たすことを義務付けている。IOCは、全205の国内オリンピック委員会から選ばれた3500名のアスリート及び役員がYOGのスポーツ、文化、教育プログラムに参加することを保証し、YOGにおける普遍性の原則の実現を図る。また、オリンピック同様、年齢区分及び資格基準をはじめとする競技の技術面は国際競技連盟(IF)が担当する。
オリンピック競技大会との大きな違いは、YOGには教育及び文化的な活動が含まれることであろう。IOCは、若者の身体活動やスポーツへの参加が世界的なレベルで減少するのに伴い、オリンピック・ムーブメントへの若者の関与も減少していると見ている。YOGはしたがって、今日の若者のニーズに対応し、次世代のオリンピックファンの関心を引きつけるような構成となっている。
この目的に向けて、2010年ユースオリンピック競技大会(YOG)では、オリンピズムやその関連する価値に若いアスリート達に関心を持たせようと、楽しい様々な文化・教育プログラム(CEP)を組む。著名なオリンピック・チャンピオンや、スポーツ、教育、文化の各分野から国際的な専門家や世界レベルの著名人らによってワークショップが催される。CEPはまた、出身コミュニティのスポーツ大使としてのYOGの選手たちの役割を検討するとともに、健康的なライフスタイルがもたらす恩恵やドーピングとの闘いといった重要課題への意識を喚起する。YOGシンガポール2010では文化プログラムとして、会場とインターネット上で若者が音楽や映画、アートを楽しむ都市型ストリート文化フェスティバルが開催される。このフェスティバルはYOG組織委員会が行うが、カナダ・オリンピック委員会など、いくつかのNOCでは、それぞれ既存の文化・教育プログラムの内容に関してシンガポールYOGOCから助言を求められている。こういった内外のリソースを活用する努力は、障壁を取り除いた国際協力の精神へのコミットメントを実証するものである。
(2)共通の目的
YOG、各国NOC、NOAの方向性には多くの類似点が見られる。YOGのビジョン、すなわち世界中の若者にスポーツへの参加とオリンピックの価値への理解を喚起すること、そしてYOGの指名、すなわち若者が出身コミュニティにおいて積極的な役割を果たすよう教育し、関心をもたせ、働きかけることは、3つの組織がその共通の目的の実現のために協力を促す上で論理的根拠を備えている。
YOGの目的は、世界の若者が集うことで多様な文化を共に経験し、祝い、世界中のコミュニティに呼びかけ、スポーツへの関心と参加を喚起することにある。多くのNOCでは、若者のオリンピック・ムーブメントへの関与を促し、身体活動の減少に対応している。YOGの活動と、NOCやNOAの教育プログラムを関連付けることは、すべての若者にスポーツへの参加を促す可能性を秘めている。そのようなプログラムの例として、カナダ・オリンピック委員会のNOC公認アスリート(Adopt-An-Athlete)プログラムや、エストニアNOAのスクール・オリンピック競技大会(School Olympic Games)、オーストラリアのピエール・ド・クーベルタン賞制度、及び多くの国々で実施されているオリンピックデーランが挙げられる。ユースオリンピック競技大会のスポーツ、文化、教育活動をモデルとして新たな学校プログラムを計画することが可能である。
2.達成に向けた課題
YOGOCとNOAが共有しているのは目標だけではない。課題も共有している。一つには、従来型のスポーツに特化されたイベントに重要な教育の要素を加えることである。この課題は、興味深く刺激的な学習活動の取り組みを創造することにある。現代の若者を動かすには、テクノロジーを活用した対話型の教育方法を取り入れなければならない。NOCは、YOGワークショップやフォーラムにアスリートが進んで参加し、何かを学んでこられるよう準備をさせなくてはならない。YOGは、参加者がIOCオリンピック・バリュー教育プロジェクト(OVEP)を学び、OVEPプログラムのツールキットを活用して地元で指導的役割を果たすための絶好の機会を提供する。NOAもまた、効果の高い教育活動をYOGOCに提示することで重要な役割を果たすことができる。
第二の課題は、オリンピック・ムーブメントの価値を、成果主義の制度や成果重視の環境の中に関連づけることである。表彰台に立つという卓越性とオリンピックの価値の実践という2つのコミットメントの二元性は、IOCとNOC双方が表彰台とオリンピックの価値を両立させる必要性を示している。
課題はほかにもある。資金調達は大きな懸案事項である。多くのNOCは、YOGにチームを派遣するための財政支援を準備するために四苦八苦している。経済危機のなか、スポンサー契約を確保することは難しい。北半球の国々にとっての大きな問題は、2010年YOGのタイミングだ。YOG期間中は学校が学期外で、活発な学校プログラムと連携しにくい。そのため初開催のYOGにおいてCEP(文化・教育プログラム)に基づくコミュニケーションは限定され、 NOCとNOAがYOGで果たせる役割は明確でない。
3.新たな機会
YOGプログラムに文化・教育活動を含めることにより、参加アスリートがオリンピズムの考え方を理解し、オリンピック教育を経験する機会を得る。オリンピック競技大会における従来のスポーツプログラムは、選手村の環境を活用した教育・文化活動の機会を逸していた。多くのオリンピック・アスリートがオリンピズムの本当の意味を理解したのは、オリンピック競技大会以外の時期や場所だったという。
YOGは、大会期間中は選手村で過ごすことをアスリートに要求することをはじめ、オリンピズムの理解を含めて競技大会経験を最大限に生かすことを目指す。成果と卓越性に重点を置くが、記録は残さない。アスリートは他の競技について学び、他の競技や外国の仲間と友情を築く機会を持つ。YOGは文化・教育プログラムを強制とするのではなく、魅力あるものにするほうを選んだ。一部の教育・文化活動にはアスリート以外の若者が参加し、オリンピック・ムーブメントの一翼を担うには選り抜きのアスリートである必要はないことを示す。YOG輸送システムは、資格認定を受けた全員に共通のシャトルサービスを提供し、アスリートとそれ以外の人たちを区別しない。
4.YOGの約束を最大活用する
NOCは、大会前、大会中、大会後の3つの段階でYOG参加アスリートと緊密に連携し、競技会場の内外で最適なオリンピック経験が可能となるよう準備を整えるための機会を広げなくてはならない。
(1)大会前
大会前、NOCとNOAは協力してYOGアスリートのためのオリエンテーション・セッションを開発すべきである。開発に当たっては、オリンピック・ムーブメントの歴史、オリンピックの価値、ドーピング、社会的責任、スポーツキャリアなどYOG教育ワークショップが示すトピックの紹介をセッションに含める。セッションは対話型とし、アスリートに「話す」「聴く」「討議する」といったコミュニケーション・スキルを身につける機会を提供する。リーダーシップ・トレーニングのほか、言語などの文化的な障壁を克服したり異なる習慣を尊重するための戦略も必要となるだろう。競技大会参加を前に、国が異なるアスリートどうしの交流を図るため、アスリートの所属する学校間で姉妹校関係を結ぶことも考えられる。YOGに参加するアスリートには、大会前にブログを開設して大会中も更新するよう働きかける。NOCやNOAは、必要であればブログ開設を手助けし、IOCのブログ・ガイドラインをアスリートに学ばせる。
(2)大会期間中
NOCとNOAは大会が始まったら、多くの関心が集まるようアスリートが自分のメッセージを発信したり、現地でどんな経験をしているかについて出身国に報告する。ただし、アスリートに負担をかけないような仕組み、ガイダンス、サポートをNOC・NOAは提供しなくてはならない。YOG開催中は、競技そのものと出身コミュニティとの関わりとのバランスを取る必要があることを念頭に置くことが大切だ。したがって、アスリートが利用している媒体を通じて接触を図り、話をすることが望ましい。アスリートはブログを通して個別にコミュニケーションをとることができる。YOGアスリートのブログを各NOCのウェブサイトで紹介することも一案だ。大会期間中、参加者たちもまた会場のインターネットセンターに設置された電子通信機器を使って出身コミュニティと自分たちの経験を共有することが可能になる。
現代のアスリートたちは、電子メール、ブログ、ソーシャルネットワークなどを自由に使いこなしてはいるが、NOAやNOCは本人が作ったコンテンツをサポートすることが望ましい。YOGユースレポーターには、そうしたサポート役を担ってもらうこともできるだろう。また、IOCが定めるブログ・ガイドラインを順守させる役目も果たすことができる。外部と対話型で進むワークショップは、選手村の垣根を超えて若者を参加させる。NOCとNOAは、大会期間中ネットワーク上にアカデミー・プログラムを開設したり、対話型の教育フォーラムを開催したりすることができる。
205のNOCのうち、国内オリンピック・アカデミーがあるのは137だけである。活発なNOAのある国は、NOAを持たない国からアスリート、コーチ、役員が参加できるようなアカデミーを設立するためのワークショップを主導すれば、これもまたYOG教育プログラムとなる。ワークショップに参加すれば、アカデミー・プログラムを始めるための指導力と知識を地元に持ち帰ることができる。
(3)競技大会後
IOCは、オリンピック競技大会が若い世代との関係を維持する必要性を認識しており、若年者向けプロジェクトの開発・実施するうえで強い指導力を示している。こうしたプロジェクトには、夏季・冬季のユースオリンピック競技大会、オリンピック・バリュー教育プロジェクト(OVEP)、スポーツ経験を共有するための若者専用ウェブサイト、国内オリンピック委員会オリンピックデーランに対する支援の強化などがある。NOCとNOAはこうした取り組みに資金を提供し、オリンピック・ムーブメント及びオリンピックの価値に対する意識の向上に若者を従事させている取組みを支援すべきである。
卓越性、尊重、友愛といったオリンピックの価値、またスポーツへの道徳的な取り組み方を学んだ新世代の若きアスリート・リーダーたちは、YOGのレガシーとなる。そんなYOGアスリートたちは、学校や若者グループに対し、活動的で健康的なライフスタイルを取り入れ、オリンピック精神を守るよう働きかける上で優れたロールモデルとなる。各NOC及びNOAは、教育プログラムの実施状況を監督し、YOGで若者を教育する際に、IOCが始めたこのYOGという投資を利用できる。こうしたプログラムは、YOG参加者が率先して競技大会の参加者以外にも広げていくべきである。
5.結論と提案
ユースオリンピック(YOG)の大会前、期間中、大会後にNOCとNOAが果たす役割は極めて大きい。ユースオリンピック競技大会組織委員会(YOGOC)、NOC及びNOAはすべて、ユースオリンピック競技大会という絶好の機会に、若者にオリンピック・ムーブメントを理解させるための教育・文化プログラムを展開すべきである。
YOGOC、NOC及びNOAが強力な関係を築くために以下を提案したい。
1. NOC及びNOAは競技大会前、教育・文化プログラムに基づきYOGアスリートの教育にあたって積極的な役割を担い、アスリートが競技の内外で可能な限り最高の経験をするよう努める。
2. NOC及びNOAは共同で、YOGアスリートを対象にした事前のオリエンテーションを計画・実施する。NOAは教育・文化プログラムの分野で経験と専門知識を持っており、指導的役割を担うことができる。
3. NOC及びNOAはYOG開催期間中、自国で対話型プログラムを計画する。
4. NOC及びNOAは、YOG経験者の主導のもとYOGスポーツ大使プログラムを開発する。
5. YOCOGは、アスリートがリーダシップの役割を担えるようトレーニングを行い、OVEPが各競技大会のCEPに含まれる優先的/強制的な要素となるよう努める。
6. YOGOCは、既に開発された他国の教育プログラムCEPに組み入れる。
7. YOGOCは、YOGにおいてNOAが設立されていない国のための入門的なワークショップを行う。
8. YOCOGは、競技大会の教育・文化プログラムにコーチや役員を参加させる戦略を考案し、NOC及びNOAがこの経験と専門知識を大会後の国内プログラムに活用しているか精査する。
9. IOCは、各ユースオリンピック競技大会の文化・教育プログラムによる学習成果の概要を公表する。